北斎

元禄歌仙貝合

An00532343_001_l 紫貝を物の名に 四方歌垣真顔
江ノ島へ 霞わたれる 片瀬村
さきか干潟に いまやなるらん

紫貝
月痴老人為一筆

18世紀になると貝類収集が流行しますが、それに先立って三十六歌仙になぞらえた歌仙貝の選定がはやりました。色々な組み合わせがありますが、元禄期には3つの歌合が出版されました。
その内の一つに「六々貝合和歌」があります。その組み合わせを模して狂歌を選び、北斎の挿絵と組み合わせたのがこのシリーズです。「うつせ貝」が文政4(1821)年巳年の絵暦になっており、また狂歌の内容から翌年に渡って行なわれた江ノ島弁才天の御開帳に合せた物のようです。狂歌は四方真顔を中心とする一派が競っております。

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「六々貝合和歌」

102190w_2thumb_4 69076_292830thumb_2 きぬた貝 

みなせ貝

69078_292832thumb 69077_292831thumb いたや貝

しじみ貝

69075_292829thumb 69073_292827thumb_2 にしき貝

白貝

Photo 1 梅の花貝

すだれ貝

2 3

みやこ貝

なでしほ貝

Photo_2 1_2 あさり貝

いろ貝

Photo_3 1_3 まくら貝

ますほ貝

Mia_29090ethumb Caubklmfthumb あわび

ほら貝

Genrokucranethumb 08iitu_kaiawase07thumb あし貝

あこや貝

69072_292826thumb 102191wthumb ちくさ貝

さくら貝

Photo_4 1_4 わすれ貝

みぞ貝

08iitu_kaiawase12thumb 08iitu_kaiawase11thumb かたつかい

おどり貝

08iitu_kaiawase08thumb 08iitu_kaiawase03thumb しほ貝

すずめ貝

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散りそめ

Ikada_2  「うきよはないかだ」

西村重長

                              

                              

                               

                              

                              

                              

                              

例年なら無粋な雨と言われるところ、今年は満開に好天が続きました。
一昨日、昨日と各地花見を楽しむ方々で賑わったようです。
桜の散り際に花筏、花筵などの言葉があります。
花筏は散った花びら水面を流れるさまを表しています。
花筵は桜が舞い散ると、その下の地面が花びらで埋め尽されてしまいます。その厚く散り敷いた花片の上に坐ること、あるいは花見時に使用する敷物のとも言われます。
今回その言葉に因んだ浮世絵を選んでみました。
次ぎは北斎画で散った花びらを掃き集めている様が見て取れます。
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00022308 北斎

  

                     

                     

                        

北斎がらみを集めてみました。
まずは北斎の摺り物。
狂歌や俳句の仲間内だけに配るべく作られたもので、制作費を考えず凝った仕上がりの物が多いようです。
吉原仲之町の桜はそのシーズンだけに据えられ散ると撤去されたそうです。
その桜に見とれる花魁と新造です。

An00135432_001_l_2 次ぎはその遊女を描いた魚屋北渓の作品。もと松平志磨守の用達町人にして魚商なればなりと、「本朝浮世絵名家詳伝」に紹介されている北斎の弟子。俳優画は1枚も描かなかったそうです。
本作品は、遊女が化粧を終え、豪華な衣装をまとおうとしている所。青い文様で縁取りされた黒い薄手の着物を、幾枚ものひらひらした襦袢に重ね、脇には厚い帯が置いてあります。幼な子は、鏡台の上の曇った鏡に「の」の字を書いて遊んでおり、隣には桜の小枝が入った色絵の鉢が見受けられます。北渓作品の中で最も大きな軸であるばかりか、複雑な構図や精緻な技法を用いる点で最も意欲的な作品です。北渓は、戴斗落款時期及び為一落款期初期の北斎の人物画から諸要素を引き出し、様式化•肥大化の域に至るまで誇張。両腕の対称的な動きや縮れた襦袢の裾、肌身の描き方、そして取り分け濃密な色彩の繰り返しが、豪奢な融合を生んでいます。

An00230376_001_l 今一人の弟子は蹄斎北馬。美人画の肉筆が多く、狂歌本・読本の挿絵を得意としたようです。薪を売り歩く大原女が全く対照的に描かれていますが、見立て絵のようです。よく画題に採られる許由と巣父の故事によっています。東京国立博物館所蔵の伝狩野永徳作『許由巣父図』などが有名で、曾我蕭白の襖絵は三重県立美術館に所蔵されています。
                       

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春しなん

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今日水曜日に桜の開花予想第2弾が発表されました。
先週の発表より1日ほど早くなったようです。
我々凡人は桜と聞くとつい花見と浮かれますが、もちろんそうではない人もいらっしゃいます。

西行法師が没したのは文治6年2月16日、1190年3月23日。
今年は明日3月12日です。
西行は晩年に次のような歌を詠んでいます。まさにその望みのように釈尊涅槃の日に入寂したといわれています。ここでの花は桜です。

ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ (山家集)

ねかはくは はなのもとにて 春しなん そのきさらきの 望月の比 
(続古今和歌集)

Up1398 そして思い出されるのが能の「西行桜」。
ウィキペディアを引用させていただきますと

京都、西行の庵室。春になると、美しい桜が咲き、多くの人々が花見に訪れる。しかし、今年、西行は思うところがあって、花見を禁止した。 一人で桜を愛でていると、例年通り多くの人々がやってきた。桜を愛でていた西行は、遥々やってきた人を追い返す訳にもいかず、招き入れた。西行は、「美しさゆえに人をひきつけるのが桜の罪なところだ」という歌を詠み、夜すがら桜を眺めようと、木陰に休らう。

その夢に老桜の精が現れ、「桜の咎とはなんだ」と聞く。「桜はただ咲くだけのもので、咎などあるわけがない。」と言い、「煩わしいと思うのも人の心だ」と西行を諭す。老桜の精は、桜の名所を西行に教え、舞を舞う。そうこうしているうちに、西行の夢が覚め、老桜の精もきえ、ただ老木の桜がひっそりと息づいているのだった。

トップ画像は遠くを見つめる西行。北斎の扇面画です。

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春、ファッションの花開く

08hokusai_niku15 「五美人図」
北斎

                         

                         

年度末を迎え各企業の決算予測が報道されています。
電機、自動車、金融業種を問わず厳しい状況です。
そしてスポンサー契約の見直しも懸念されています。
「20世紀モダン・アート展」の中止がつい先日発表されました。
そんな中メルセデスベンツ主催のファッションイベントがNYで始まりました。
4主要コレクションとは違い、おもしろい若手のデザイナーの活躍が注目されるようです。
Red Dress Collection 2009ではフィギアスケートのKristi Yamaguchi 、エミー賞女優のCicely Tyson 等が文字通り真っ赤なドレスで登場しています。
http://www.mbfashionweek.com/

江戸時代の女性もファッションへの興味は大変だったようです。
逸話もいくつか残っているようです。
京都、時代祭の列に連なる中村内蔵助の女房もその一人。
貨幣鋳造に携わる銀座年寄を務めたのが中村内蔵助。ある日の東山で京都の豪商連中の奥方の集まりが催されます。皆さん供の者を従え綾羅錦繍の装い。
その中で中村内蔵助の女房は「黒羽二重の両面に、下には雲の如くなる白無垢を、幾重も重ね着し」で意表を付きます。
何度かの衣装替えで他の出席者が色や柄を競う中、白と黒のコーディネートを通します。逆に供の者には他の奥方に負けぬほどの衣装を用意したとか。
かくして断然の誉を得る結果に。
彼女のファッションアドバイザーを務めたのが尾形光琳です。


Sc152637fpxobjiip1 2点目は一度取り上げましたが湖龍斎の雛形若菜初模様シリーズから。
その年の最新ファッションを描いています。

3点目は北尾政演。

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北斎はカープファン?

北斎が新球場を描くとこうなる!?
江戸と平成の夢のコラボ“桶屋のスタジアム”。

新広島市民球場のグッズです。

http://www.carp.co.jp/

30024

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七草

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今日は旧暦1月7日、風は冷たかったですが日差しには暖かさを感じました。
昨日は初子、そして今日は七草。川沿いを歩きましたがカモや川鵜もいてまだまだ冬。
しかし寒中に外へ出るのが健康の秘訣なんでしょうか。
江戸時代も一年病気にかからないよう願って、春の七草を神前に供えてから食べるという風習があったようですし、行楽のひとつでもあったようです。
そんな様子を描いた北斎の「初若菜」。
それにしても春の七草を漢字で書くと難しいですね。
芹、薺、御形、繁縷、仏の座、菘、蘿蔔

若菜で思い出すのは百人一首の光孝天皇でしょうか。 W0000116

君がため 春の野に出でて若菜摘む 
わが衣手に雪はふりつつ

国貞改二代豊国作です。

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大寒

Taka2_3a 吹雪の鷲図
北斎

1月20日(旧暦12月25日)
大寒

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よいお年を

Sc20574fpxobjiip1寿の字と唐子
北斎

                                 

                              

                                      

                              

                                

                                

                               

                               

                              

                              

今年も暮れようとしていますが、旧暦では明日はまだ師走の六日です。
ですのでトップ画像は正月がらみではない御目出度い物をと探して見ました。


唐子はもちろん中国から伝わった物で、やはり縁起のよい物だったようです。
日本の焼き物では、江戸時代、長崎・平戸藩の御用窯である三川内(みかわち)焼でしか作ることを許されなかった伝統の図柄だそうです。
松の木の下で無心にたわむれる唐の子供が描かれた柄で、不老長寿の図柄として現代でも人気のあるそうですが、当時は主に献上品の器に描かれており、子供の数が7人のものが朝廷と将軍家用、5人が大名とその重臣用、3人が一般武士用と、それぞれに定められていたとか。
また描かれた唐子とは別に、器を覗き込むような人形がついているものがあり、これを「一閑人(いっかんじん)」と呼ばれています。
閑人がぼんやり井戸をのぞく姿に似ていることから、その名がついてます。両側に子供が付いていると二閑人。
しかし、人形が子供の姿であることが多いため、最近ではこれも含めて「唐子」と呼ばれることが多いようです。

着物にも唐子文様があり、長襦袢地や帯地などに用いられています。
こちらは子孫繁栄の願いを込めた吉祥柄だそうです。
99人の唐子を書いた布はあなたの所で百人目が生まれますようにと願いが込められており、結婚の祝いに贈られる風習もあるそうです。

この一年お付き合い頂きありがとうございました。
よいお年をお迎えください


08509272 メトロポリタン美術館の所蔵品で同じく北斎です。

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運慶流、浪裏

今年の話題の一つにクリスティーズで運慶の大日如来像が 1,280万ドル(12億5000万円)で落札されたことがあります。それを鑑定された山本勉さんが先日山口で講演されました。20年ほど前に同じく山本さんに運慶作と鑑定された光得寺の大日如来像は、40年前ではそうならなかったそうです。それだけ研究が進んだと考えるべきなのでしょうが、難しいものなんですね。

山口県立美術館学芸員ブログ
http://www.yma-p.jp/blog/item/257

その「運慶流展」は来年佐賀に巡回します。
クリスティーズの山口さんの講演もあるようです。
佐賀美術館
http://www.pref.saga.lg.jp/web/hakubi-kikakuten.html
http://www.city.saga.lg.jp/contents.jsp?id=17048

先日お伝えしましたサザビーズの北斎の浪裏。
落札額は30450ユーロ。予想がは8000~12000ユーロでした。

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煙管と櫛と富士

0083l536 今様櫛○雛形
北斎                             

                              

                                   

                              

                               

先日今年の流行語大賞が決まり、今年の漢字もまもなく発表されます。
皆さんはどんな字を思い浮かべますでしょうか。時の流れが速く様々な事件事故が起こるので一字を選ぶのは大変ですね。ニフティーで選ばれたのは「変」だったですね。
時代は刻一刻と変わりますし、言葉は生き物ですからそれらを反映します。
必要に駆られてたくさんの和製漢語が作られ、中国にも輸出されています。
漫画、芸術、経済、目標、平面、失恋、質量などの言葉がそれで多岐に渡って数多くあります。
「解体新書」の頃も同様です。例えば扁桃腺、リンパ腺の「腺」。当時オランダ語のklierに当たる日本語がありませんでした。杉田玄白は発音から機里爾としましたが、大槻玄沢は濾胞という新語を作ったりします。そして玄白の弟子の宇田川榛斎が「腺」という新しい漢字を作りこれに当てました。それが今日でも使われています。
井原西鶴も漢字をたくさん作り出したようです。その一つがMoji08_2
キセルと云う字です。普通煙管と書き表しますが、西鶴は何故か新しい字を作り出しましたが定着はしなかったようです。 パソコンでも見当たりません。
この字が百年後に蘇えります。北斎の「今様櫛○雛形」です(丸の部分が新字)。全3巻から成り、当時、贅沢品であった櫛や煙管を作る職人が参考にする図案や模様をまとめPhoto_2 たデザイン集です。上中の部には櫛の模様雛形、下の部には煙管に使用する模様が描かれています。櫛の模様には源氏物語を題材にした物もあります。「浮船」「朝顔」「紅梅」の三つです。さらに中の部にはなつのふじ・うらふじ・ふゆのふじ・よあけのふじ・八ツがだけのふじ・みこしのふじ・きようかのふじ・くわいせいのふじが描かれています。これを見て版元が北斎に方位・気象・季節・時間を変えた富士の姿を錦絵に仕立ててみたらと持ちかけたのではないか。それが8年後の冨岳三十六景に至ったのではないかとも考えられています。

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商売は難しい

Sc157674fpxobjiip1 冨嶽三十六景 本所立川 
北斎

                             

                             

                             

                                                

山陰松江にある園山書店が今月一杯で閉店されるそうです。
なんと創業は文化8年、197年の歴史を閉じられます。

江戸時代の地本問屋(浮世絵や大衆向けの草双紙を出版していた版元)も苦労したようです。企画の当たりはずれはもとより、当時繰り返し起こった大火も念頭においておかねばなりませんでした。幕府の干渉もあります。

鶴屋の羽をのす初日影に、門松むらのしめかざり、
さっとひらけば 天の岩戸屋
村田の畔(くろ)をゆずりあふ、御代は東も西村も
ともにおさまる いせ治の神風
奥村の瓢箪から、駒がいさめば 花の廓
その大門の まがきの蔦屋

072_4 これは安永十(1781)年に出た「菊寿草」の巻頭を飾った祝い歌です。
大田南畝による黄表紙の評判記です。その当時の主だった版元8軒が織り込まれています。
鶴屋、松村、岩戸屋、村田屋、西村、いせ次、奥村、蔦屋(画像)。
寛政二(1790)年の地本問屋の名簿には20軒の名前が載っています。
その内、文化四(1807)年などの名簿で確認できるのは6軒。
そして弘化四(1847)年にいたっては和泉屋市兵衛一人。
天保の改革が老舗に与えた打撃は大きかったようです。 

以前出版情報で紹介した”UTAMARO REVEALED”に歌麿(1753~1806)の関わった版元印がありました。
解った範囲で書き留めておきます。

Page9 1蔦屋 2鶴屋金助 4鶴屋喜右衛門 せん鶴堂 5金助 6若狭屋よういち じゃくりん堂 7泉屋市兵衛 9泉佐屋(せんさ) 10上村屋洋平 11近江屋健九郎 12村田屋次郎兵衛 村田屋一五郎 (村一) 14岩戸屋喜三郎 15岩戸屋長 17江崎屋吉兵衛 18伊勢孫(いせそん) 20伊勢屋利吉兵衛(金寿堂)池之端仲町
21伊勢金 22伊勢洋 23伊勢屋宗右衛門 25松村屋龍衛門 27西村屋洋八(永寿堂) 28 山口屋忠衛門 29山口屋藤兵衛(金虎堂) 30遠州屋又兵衛 31山城屋藤衛門 32森屋治兵衛 33丸屋甚八(円寿堂) 34丸屋文衛門 35榎本屋吉兵衛
この他加賀屋 、山秀 、山田屋三四郎 、伏見屋善六 などと関わっています。

でトップ画像ですが、前回と同じ西村屋与八と北斎のコンビ。
さりげなく材木置き場の看板に西村屋の宣伝をいれています。
版元のご苦労の一端を見るような。
これボストン美術館の所蔵品なのですが、おかしくないですか。
富士山の後ろにうっすらと山並が見えるのです。富士山よりも高く。
何なんでしょう? 普通はこうなんでしょうに。
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西村屋与八

Sc147355fpxobjiip1 「七十一翁永寿堂日比野」 

(西村屋与八)
初代 豊国

                              

                                

                               

                                       

                                 

前回取り上げた「百人一首 うばがゑとき」は当初西村屋与八「永寿堂」から出版されます。1835年の春に出た、「薊花恋苧車」(あざみのはなこいのおぐるま)の巻末に広告が打たれます。そして「小倉百人一首」成立600年を記念して、5~6月頃に最初の5点が出版されたのではと考えられています。その後版元の印が、読みは同じですが「栄樹堂」に変わって22点が刊行されています。
これは版元の伊勢屋三次郎が引き継いだからのようですが、その間の理由は定かではありません。北斎がほとんどすべての版下絵を完成させて望んだこの企画は、完成することなく終えてしまいします。

トップ画像のバックは初夢のおめでたいものを並べただけのようですが、この富士山は北側からの眺めで西村屋と富士講との関係を表わしているとも言われています。富士山の北側を開いたのは富士講の衆です。
「富嶽三十六景」も西村屋の業績のひとつなのですが、富士講の信者を購買層に予定して売り出したそうです。そして北斎と富士講の繋がりも浮かんできます。

西村屋与八は当時有力な版元の一つで、特に清長と組んで浮世絵の美人画を席巻していました。後には当時23歳で売り出し中の豊国の獲得にも成功します。馬琴によると西村屋と云う人は「版元は作者画工等の名を高くすればその為に引き札するに似たり、かかれば作者まれ画工まれ印行を乞うべきものなり吾は決して求めず」。作品を出したかったら作者の方から頭を下げに来い。こちらから頼むべき筋ではないと考えのようです。
蔦屋がスポンサーとなって歌麿や写楽を世に出したのとは逆の考えのようです。
そんな西村屋が企画の途中で消えていきます。実は与八は鱗形屋というこれまた有力版元の次男で、西村屋へは養子で来ています。その鱗形屋も使用人の不始末をきっかけに没落していきます。
当時版元は営業をするための問屋株と、個々の作品の出版権にあたる板株を持っての商売でたが、決して保護されていたわけではありません。
商売の難しさは昔も今も変わらないようです。

05001083l034 「絵本庭訓往来」 北斎画
右奥が与八

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百人一首うばが絵解き

Sc145683fpxobjiip1 百人一首うばがえとき 在原業平

北斎

ちはやぶる 神代もきかず 龍田川            

からくれなゐに 水くゝるとは                               

                                                                                                                                                      

 関西地方にも木枯らしが吹きました。寒くなり紅葉も各地見頃のようです。        北斎は、人の目を驚かすことが好きだったのか、曲芸めいたパフォーマンスも各地でしています。名古屋の大達磨、回向院の布袋が有名です。将軍家宣御前の席画でも、長く継いだ紙に刷毛で藍を引き、かかとに朱肉をつ けた鶏を放って、その足跡を川面に流れる流れる紅葉に見立て、これぞ 龍田川の風景と堂々と言い放ったといいます。         

Hokusaipeoplecrossing 北斎の百人一首うばがえときシリーズ、題名のわりによく解らない絵もありますが、これはストレートですね。川に入っているのが染師ではなく、漁師ではありますが。このシリーズ27点存在しています。そして歌番30番の絵の校合摺りができたあがった所で中断しています。その27点全てを保有しているのは、町田市立国際版画美術館、大英博物館、ボストン美術館、そしてホノルル美術館には30番の校合摺りもあります。。残りの内9首は何も残っていませんが、他の和歌の版下絵は既に描きあげられていました。この版下絵は何度かオークションに出品され持ち主が変わっています。狂斎も一時所持していたようです。その何枚かは所在が解らなくなったりもしており興味深い話が秘められていそうです。 17番業平の下絵はユゲットベレス所有。

前回は猫の話題で今回百人一首となれば、行平ですか。16番の和歌                    

「立ち別れいなばの山の峰に生ふる松とし聴かばいま帰りこむ」              

猫が居なくなった時のおまじないになるそうです。                     手付かずの9首の内の1枚ですので北斎漫画からの画像です。

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今宵は熱燗で

Sc133375fpxobjiip1 「山海愛度図会 おしやくがいたしたい 

長門かに 四十四」

国芳

                                       

                                    

                                    

                                    

                                        

                                                                                                                          An00420729_001_l

朝晩肌寒さを覚える頃になりました。落語の枕にも「酒は燗、肴は気取り(小味なさかな)、酌はたぼ」との云い回しが聞かれるやも知れません。たぼは元々は日本髪の後頭部を差します。この三つが揃えばそりゃ酒も進みますでしょう。長門のカニ、月待ちカニでしょうか。近年お高くなり、口に入りにくくなりました、特に雌。また酒の燗も昔の人はマメですね。部屋内はもとより屋外でもきちんとしたようです。紅葉の落ち葉を集めてとはなかなかの風情を感じます。   今日、焚き火もままならくなり、そうも参りませんが、せっかく造り酒屋の軒先に杉玉が下がるこの時期、今年のできを味見するのも結構かと。新酒と云えばヌーボーの解禁は20日ですか、楽しみですね。

Sc204750fpxobjiip1_2 ワインにヌーボーとヴィンテージがありますように日本酒にも古酒があります。泡盛ほどの年数の物はなかなかない ようですが、結構銘柄は揃っているようです。軽めの物では「南部美人ALL KOJI 2005」や三重の「玄米ワイン シャトウ玄」。もう少しいって栃木の「大吟醸 秘蔵」の熟成10年以上。「龍力 真古酒」は姫路の銘酒。ちょっとひねって「味醂 1986」はリキュール感覚。

楽しい晩酌を。                                  

最後に北斎のデザインした盃の画像を。

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北斎1億円

Christie's2008.11.11の主な落札結果 
                                                                     
                                                              
                                
Photo Katsushika Hokusai (1760-1849)
Signed and dated Kanji Bunka ninen kinoto-ushi shigatsu Shaka no umareshi nanayo no hi, Toto kokkei sakusha Tatekawa oite Danshuro, rokujunii o Utei Enba gijutsu, sealed Enba and signed Utei Enba oju oite Danshuro...Hokusai sekiga, sealed Gakyojin
£713,250 ($1,116,950)                                           
                                                         
                                                                   
                                                  
                                        
                   
                                 
                                

D5143680l Katsushika Hokusai (1760-1849)
Kisoji no oku, Amida ga taki [Amida Waterfall on the Kiso Road] from the series Shokoku taki meguri [A Journey to the Waterfalls of all the Provinces], signed Zen Hokusai Iitsu hitsu, published by Nishimuraya Yohachi (Eijudo), red kiwame seal, very good impression and colour, horizontal centrefold
Oban tate-e

  • £18,750
  • ($29,363)                                 
  •  

                                         

                                                                                            

    D5143640l UTAGAWA HIROSHIGE (1797-1858)
    Tsuki no misaki [Moon Cape], from the series Meisho Edo hyakkei [One Hundred Views of Famous Places in Edo], signed Hiroshige ga, published by Uoya Heikichi, fine impression, colour and condition
    Oban tate-e

  • £6,250
  • ($9,788)
  •                                 

     

                                                            

                                                                                                

    D5143684l_2 Utagawa Hiroshige (1797-1858)
    Asakusa, Kinryuzan [Kinryuzan Temple, Asakusa], from the series Meisho Edo hyakkei [One Hundred Views of Famous Places of Edo], signed Hiroshige ga and published by Uoya Eikichi, good impression, the snow rendered in gauffrage, slight fading, slightly stained at edges
    Oban tate-e

  • £5,250
  • ($8,222)
  •                         

                                                                                                                                          

                                                                                                                

    D5143664l Toshusai Sharaku (act. 1794-95)
    The actor Ichikawa Yaozo III as Tanabe Bunzo in the play Hanayame Bunroku Soga performed at the Miyako-za in the fifth month of Kansei 6 (1794), an okubi-e on a dark mica ground, signed Toshusai Sharaku ga, censor's seal kiwame, published by Tsutaya Juzaburo, good impression, slightly faded, mica slightly worn
    Oban tate-e

  • £32,450
  • ($50,817)                                 
  •                                    

                                                 

    D5143629l Suzuki Harunobu (1725?-1770)
    Kakitsubata [Iris] - a lady standing over a child who has fallen asleep during a calligraphy lesson, signed Harunobu ga, very good impression, colour and condition
    Chuban tate-e

  • £8,125
  • ($12,724)
  •                                                     

                                           

                                             

                                              

                                                                            

    D5143632l Suzuki Harunobu (1725?-1770)
    The second state of a design that was originally a calendar print for Meiwa 2 (1765), bears the name Kyosen and sealed Kyosen no in, a design of two ladies in a boat picking lotus flowers, good impression and colour, slight staining; and a design of a woman sweeping icicles from the eves of a house, signed Suzuki Harunobu hitsu, good impression, stained, rubbed and faded, soiled
    Various sizes (2)                        

                                                         

    D5143698l Tsukioka Yoshitoshi (1839-1892)
    Fujiwara no Yasumasa gekka roteki zu [Fujiwara no Yasumasa Playing the Flute by Moonlight

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    長崎屋から見る世界

    Sc162675fpxobjiip1 仏羅西把里須府
    歌川芳虎

                               

                                

                                  

    最近は海外旅行も手軽になりました。今でも豪華客船で世界一周はなかなか難しいのでは。
    私にとってその象徴とも云う船がQueen Elizabeth Ⅱです。
    11月11日、QEⅡがサザンプトンを出航します。彼女にとって最後の航海です。
    22日にスエズ運河を越え一路南へ、そして27日にドバイ。
    そこで海上ホテルとしてリスタートするそうです。

    江戸時代は鎖国でしたから海外旅行は思いもしなかったでしょうね。今ではごく当たり前の新婚旅行でさえ、竜馬が先にしろ小松帯刀が先駆者にしろ江戸末期です。
    当時、庶民は外国をどんな風に想像していたのでしょう。
    トップ画像のような情報は何時頃から知られていたのでしょう。
    画中にある仮名垣魯文の「万国噺」は1861年に出版されています。
    芳幾の浮世絵にはオランダ語の単語を並べた物があります。
    日=だふ、月=まぁん、山=べるぐ、海=ぜぇ等。

    An00195784_001_l_2  もちろん外国人と接する機会は滅多になかったでしょうが。
    その数少ない機会がオランダ人の江戸参府です。
    正月明けに長崎出島を出て春に江戸に着きます。
    「阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍」 と芭蕉もその様を詠んでいます。
    その一行の宿舎となったのが長崎屋です。日本橋本石町3丁目にあった薬種問屋です。
    町人が物珍しそうに覗きこむ様子を北斎が描いています。北斎自身カピタンの注文で数十枚の浮世絵を書いているのは、昨年から今年にかけての北斎展で記憶に新しい所です。シーボルト事件に絡んで身を潜めたりもしています。

    フェイルケにより長崎屋の2階の様子も描かれていますが、2f_4 絨毯がひかれておりテーブルにワインなどが見えます。シーボルトの持ち込んだピアノが 弾かれたり、オランダ料理が振 舞われたりもしたようです。また知識人が詰め掛け海外の最新情報を得たりもしました。平賀源内が皆がてこずった知恵の輪を鮮やかに解いたりしています。
    勿論多くの商人ともやり取りしたことでしょう。後の三越の越後屋や京都では青貝師の西川家の名もあります。青貝師は螺鈿を扱う人で重要な輸出品だったようです。
    江戸長崎屋だけではなく京都の海老屋、大坂長崎屋、下関は伊藤家と佐甲家、そして小倉の大坂屋が西洋文化の重要な入り口でした。

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    クリスティーズ

    オークションの詳細がHPにアップされました。

    11月6日、11日両日に出品されています。                           北斎画の巻物初めて見る作品です。                               このオークションの紹介する英文を読んでもどの作品のことかわからなかったのですが、そのはずですね。
    吉原と大坂下りの曲馬と隅田川。内容もよく理解できません。
    烏亭焉馬は五代目団十郎が贔屓で立川談州楼とも称していました。

    D5143707l

    http://www.christies.com/LotFinder/searchresults.aspx?intSaleID=21543#action=refine&intSaleID=21543&sid=db829301-08c8-42bd-99dd-7d6bcad4635d

    Ehon_sumidagawa0201web W0000009

    Lot Description

    Katsushika Hokusai (1760-1849)
    Signed and dated Kanji Bunka ninen kinoto-ushi shigatsu Shaka no umareshi nanayo no hi, Toto kokkei sakusha Tatekawa oite Danshuro, rokujunii o Utei Enba gijutsu, sealed Enba and signed Utei Enba oju oite Danshuro...Hokusai sekiga, sealed Gakyojin
    A hand-painted scroll depicting a panoramic view of the journey along the Sumida River from the Nihonbashi Bridge to the Yoshiwara, concluding with a depiction of a party where two men are waiting to eat while two others are being entertained by four courtesans in a room decorated with a screen depicting cherry blossoms, a young attendant kneeling in front of another man who is lying on a pile of futons smoking a pipe
    28.5cm. x 633.5cm.

    Special Notice

    No VAT will be charged on the hammer price, but VAT at 17.5% will be added to the buyer's premium which is invoiced on a VAT inclusive basis.

    Pre-Lot Text

    THE PROPERTY OF A EUROPEAN FAMILY

    Lot Notes

    The inscription indicates that the scroll was commissioned by Utei Enba and painted by Hokusai at the Danjuro (establishment). Utei Enba, an old man of 62 years and composer of comic writings at the Danjuro in Tachikawa, signed the painting in the 4th month of 1805, the day of the seventh night when Shaka (the Historical Buddha) was born.

    Utei Enba was born in 1743 with the family name Nakamura Hidenori. He was a carpenter by trade, the owner of a shop Izumiya Watsuke which sold tabi [socks] and in his spare time was the leader of the Mimasu Ren, which functioned both as a fan club of the actor Ichikawa Danjuro and as a kyoka poetry group, where he wrote under the name of Nomi Chonagon Sumikane, a name which was composed of the tools of his trade: nomi [chisel], chona [adze] sumikane [carpenter's square]. In 1783 he had a great triumph with a comic monologue at the Takara awase no kai (a humorous competition among various kyoka clubs), and this success led him to form a new group called the Hanashi no kai [Story-telling Group] specialising in comic narrative where he used the name Utei Enba and became the leading practitioner of rakugo (comic recitals where the performer plays two or more characters) and also achieved a considerable degree of literary fame when he published his book Rakugo rokuji [The Six Meanings of Rakugo].

    The style of the composition shows an affinity with the techniques used in Toto meisho ichiran [Famous Places in the Eastern Capital at One Glance] published in 1800, Miyakodori [Birds of the Capital] published in 1802 and Ehon Sumidagawa ryogan ichiran [The Illustrated Book of Both Banks of the Sumida River] published c. 1803. This was during a period in which Hokusai was experimenting with perspective as seen from viewpoints of differing heights and attempting to raise the horizon and thus increase the depth of the view and at the same time giving himself the opportunity to depict finely drawn and relevant characters in the foreground.

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    地球は丸かった

    U0012500 「冨嶽三十六景 上総ノ海路」 

    北斎

    1831年冨嶽三十六景出版開始

                                  

                                    

                                                         先日佐川美術館で鑑賞した時に感じました。水平線が丸い。
    構図上船の曲線と対比させるためでもありますが、地球が丸い事は認識されていると。
    何頃から庶民はそれを認識していたのでしょう。

    1522年9月6日マゼラン隊が世界一周航海によって、地球が球形であることを実証 しました。
    07  その300年後、「周髀算経正解図」という本が文化10(1813)年 に出版されています。著者は石井寛道なる国学者です。石井寛道は 、天は球体で地は平面であるという「周髀説」が正しいと結論付けています。
    しかし19世紀初頭の日本には、大きく分けて3つの宇宙論が混在して紹介されていたようです。一つはこの古代中国の宇宙論である「周髀説」。もう一つは、仏教的宇宙論である「須弥山説」。最後は西洋伝来の「地動説」です。
    08_4  例えば「圓球萬國地海全圖 」 享和2年(1802)という地図が残されており正に円球となっています。また寛政5年(1794)年には「新制天地二球用法記」が翻訳されコペルニクス説が初めて紹介されます。
                                              

                                              475832560_68 江戸幕府も天文方を設置しますがもっぱら編暦を司ったようです。
    天明2(1782)年浅草に天文台が移されますが、その様子を伺えるのが北斎の「富嶽百景 鳥越えの不二」渾天儀や象限儀が設置された建屋の屋根が描かれています。
    江戸初期まで「宣明暦」を元にしていましたが、誤差が大きかったようです。
    そのため吉宗が西洋天文学を取り入れた暦を作らせたりします。その時活躍したのが麻田 剛立と弟子達。
    麻田 剛立は民間人でしたが、宝暦13年9月1日(1763、10、7)の日食を予言 的中させます。しかし計算方法の制度を高めた結果のようで必ずしも地動説などの理解に基づくものではなかったようです。
    ケプラーの第3法則にあたる「麻田剛立の法則」も独自の研究成果ではなかったかも知れません。

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    葛飾に秋の訪れ

    Sc139899fpxobjiip1
    撫子と藤袴

    広重

    中短冊
    37.5 x 12.7 cm

    葛飾区の都立水元公園の西側にある「水元さくら堤」で、秋の七草の一つ、フジバカマが見ごろを迎えた。

     区によると、フジバカマの自生地は二十三区でも同所だけ。十七年前に同所が「フジバカマ自然群生地」として区の天然記念物に登録され、毎年、花のシーズンには多くの写真愛好家などが訪れる。

     さくら堤には、約五十株のフジバカマが自生。現在は約七割の花が咲き、残りもほとんどがつぼみを付ける。枝先には細長い赤紫色がかかった白い花があふれ、周囲に秋の訪れを告げている。

     区環境課は「開花は例年並み。自生地として非常に貴重な場所なので、身近な自然をいつまでも楽しんでほしい」と話している。

    東京新聞 9月4日

                                      

                                      

    今、墨田区は2011年度末の開館を目指して北斎館を建設計画を進めています。   葛飾北斎を区民の誇りとして永く顕彰するとともに、新たな文化創造の拠点となるようにを基本コンセプトに掲げています。これに対してブログ「すみだ行革110番行政改革」で大瀬康介さんが様々な資料を挙げて追及しています。

    http://ose.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300234336-1

    購入作品には贋作も含まれるとか、相場を無視した購入額と指摘しています。そしてそのいずれもが鑑定書等は一切ないそうです。区の説明も十分とは言えないように思います。数十億円の区の税金を使い、年間維持費も3億円を越える事業です。箱物を作り幹部が天下る。そのサイクルに一部業者が入り込み利権を得る。そんな旧態依然のことがなされているのでしょうか。わざわざ出向いて偽物、高いお金を出した割りに2級品ではかないません。
    県立千葉美術館だったでしょうか、折り目の入った「浪裏」を所蔵されていたのは。
    限られた予算の中で頑張ってくれていると感じます。                      公立美術館では予算に限りがあるのは仕方ないと思うのですが。

    ともあれ区民の皆さんに支持して頂けるかどうかは、公明正大なやり方や誠意ある対話だとおもうのですが。今日ラジオで聞いた言葉
    「我を喰らわすに余桃をもってす」
    一浮世絵ファンとして今後も成り行きを見ていきたい。

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    盂蘭盆会

    Sc200662fpxobjiip1 立版古

    浅草 雷門

    作者不詳なれど北斎関与

    立版古。盂蘭盆会の供養の灯篭が玩具化したものとされています。おもちゃ絵の中でも古い歴史をもち、その期限は明和期(1764~1772)以前に遡ることができます。寛政・享和年間(1789~1804)には、葛飾北斎や北尾政美が多くの作品を描いたことが『武江年表』に紹介されています。また天保期(1830~1844)前後には歌川国長・豊久の作品が多く見うけられます。一枚の錦絵のなかに描き込まれた人物や家屋などの部分品を切り抜いて、糊ではりあわせて台紙の上に芝居の舞台などを作り上げる夏の遊びです。出来上がった作品は夕涼みの床几の上などで蝋燭を灯して飾り、江戸・京・大坂の三都で盛んにおこなわれたようです。。「組み上げ灯篭」「切組み灯篭」あるいは「組み上げ(絵)」とも呼ばれ、立版古は上方の俗称です。版古は、版行・板行(はんこう)の意で、錦絵や摺物などを指すことば。幕末から明治二十年(1887)頃にかけて、大阪では長谷川貞信・小信父子の立版古が数多く出版されています。歌舞伎の全狂言をほとんど網羅するほどで、大阪における立版古流行の最盛期でありました。

    W0000012_3  長谷川貞信の作品の中から1枚。                                          「都名所之内」「如意嶽大文字」

    旧暦7月16日、今年は8月16日。満月は8月17日

    五山送り火で一番有名なのが「大文字」。後は鳥居形、妙法、舟形、左大文字。江戸時代後期にはこの他に、「い」(市原野)、「一」(鳴滝)、「竹の先に鈴」(西山)、「蛇」(北嵯峨)、「長刀」(観音寺村)、などの字形もあったそうです。因みに「大文字焼き」という言い方は京都の人は快く思わないそうです。            

     東山区の六波羅蜜寺。祖霊を迎え入れるため、毎年8月8-10日に行う萬燈会では、本堂に数多くの「大」が現れます。丸い小皿に「大」の字になるように灯心を並べ、火をつけたものが百八組。本尊前にも「大」の字型の棚を置き、火のついた小皿を乗せる。お寺によると、萬燈会の始まりは963(応和3)年夏とか。「大」は地、水、火、風の四元素に空を加えて大自然を表した「五大」を意味し、自然への畏敬(いけい)と祖先をうやまう気持ちを象徴しているそうです。研究者には、この「大」の意味が次第に民衆の間に浸透し、送り火の「大」のヒントになったとする向きも。

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    西瓜

    Hokusaisuika1 西瓜図 北斎
    宮内庁三の丸尚蔵館
    天保10(1839)年

    北斎晩年の傑作の一つに数えられています。
    その理由はもっぱら技法上の卓越さに由来していました。
    輪郭線抜きで西瓜や包丁を描き、材料それぞれの質感をも巧に表現しています。曲がりくねった皮や鋭利な刃先を手前に向けた画面構成も印象的です。

    しかし近年この絵が見立て絵であるとして注目されています。
    七夕の絵だそうです。
    宮内庁所蔵であるのは、時の帝の命により制作されたものだからです。
    宮中での七夕の行事である「乞巧奠」(きっこうでん)を画題として。
    半分に切られた西瓜は盥すなはち星あいを表わし、紅白の西瓜の皮は糸の七夕飾り、種は星、包丁は天の川でその白点は織姫星と彦星。

    1861年の「禁中近代年中行事」には乞巧奠の様子を次のように書いています。
    「御座所の庭に枝付きの竹を二間四方に立て、上に小縄を四方に引き、御前に面する側の縄に絹糸をかけ、・・・・。高机を置き、その上に針糸、扇、笛、また皮が赤く丸いあこだ瓜の輪切りを七つ、・・・。御殿の縁側には薦をしいて角盥に水を入れ・・・。」

    北斎の西瓜図としては北斎館に半分に切られた西瓜を描いた物があるそうです。
    また最近フランス国立博物館から里帰りした、」二代載斗作と推定される「西瓜の陸揚げ」も記憶に新しい所です。

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    江戸時代の西瓜は現在のような甘さはなかったようです。    『本朝食鑑』(1697)には、西瓜を半分に割り、果肉をえぐって砂糖を入れ、暫くおいてから食べる方法が書かれています。

    豊国

    十二月ノ内 水無月 土用干

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    琉球八景

    Sc143113fpxobjiip1 「琉球八景 長虹秋霽」

    北斎

    Cyokotei1_2 北斎が琉球に渡った記録はありません。では「琉球八景」が描かれたいきさつは。

                                       1756年、中国からの使節団一行が琉球に向かう途中、久米島沖で難破しました。島民が使節団を救助しやがて使節団は無事琉球に到着し、その後中国へ帰国。後に、その報告書が「琉球国志略」としてまとめられました。75年後それが江戸にも届き、北斎の目の触れるところとなり、8枚の絵となったようです。琉球に雪を降らせたり、富士山を書き加えたりと見る者を楽しませるようにしています。実際読者も種本と絵を見比べながら楽しんだそうです。

    モノレール「美栄橋駅」前に「新修美栄橋碑」があり、長虹秋霽の謂れが説明されています。「いにしえの那覇は浮島と呼ばれる島であったため、首里との交通は不便だった。そこで尚金福王は、1452(景泰3)年、冊封使を迎えるにあたり、国相・ 懐機(かいき)に命じて崇元寺前からイベガマ(現松山1丁目タマキ屋米店駐車場付近)に至る約1kmの「長虹堤」という海中道路を築かせた。「長虹堤」には3つの橋が架けられたといわれ、美栄橋はそのうちの一つ。那覇が発展していくに従い、美栄橋は手狭になり、さらに上流からの土砂が橋の付近にたまって浅くなってしまう。そのため、川を浚(さら)え、橋を架け替えることになり、1735(康正13)年10月8日に着工、翌年2月6日に竣工した」。

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    今日6月23日は沖縄慰霊の日。かって摩文仁の丘など戦跡を訪れた時は、手を合わさずにはおられませんでした。沖縄最後の官選知事は島田叡氏。戦争末期で誰もが避けた沖縄県知事を「県民の生命、県土の一木一草にも責任を持つ」と進んで引き受け、県民の食糧確保や疎開などに奔走されたそうです。米軍上陸後も壕(ごう)の中で執務を続け、六月中旬に摩文仁の洞窟(どうくつ)で亡くなったとみられています。

    合掌

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    幽霊が怖くってコハダが食えるか!

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    北斎

    歌舞伎座六月大歌舞伎の「生きている小平次」、幕が上がると一面が青い沼のシーン。それだけで拍手が来たことを覚えているとは、21年振りに主演している松本幸四郎。 「これからの歌舞伎を示唆する作品」ともインタビューに答えています。

    M24202702_2 その「生きている小平次」は大正一三年(1924)の鈴木泉三郎作ですが、享保3年(1718)戯作者、山東京伝が『小幡小平次死霊物語 復讐奇談安積沼(こはだこへいじしりょうものがたり ふくしゅうきだんあさかのぬま)』を著しこれが読本として人気になったところから、小平次ものの芝居や講談が次々生まれ、江戸の人々には非常にポピュラーな幽霊となっていたようです。安政六年(1859)には河竹黙阿弥の「小幡怪異雨古沼」があります。主人公小幡小平次は、三角関係のもつれから殺され安積(あさか)の沼に沈められた旅役者。その殺したはずの小平次が訪ねてくる、ひょっとすると生きている・・・。疑心暗鬼がもたらす恐怖を味わえます。

    「小幡小平次」 三代豊国                                     外題 「小幡怪異雨古沼」                                     小平次 四世市川 小団次

    そして強がる江戸っ子が吐くセリフが「幽霊が怖くってコハダが食えるか」。

    江戸落語では小平次の師匠も登場させます。その名もこのしろ伝兵衛。                             

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    凱風快晴

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    ■   裏ゆき   ■
     「裏ゆき」という言葉を聞かれて、聞きなれない言葉だと思われた方も多いことと思います。
    これは、版画を裏側から見た場合の効果を指すものです。
    摺りの良い作品は裏から見てもバランスが良く、摺師の気迫が伝わってくるものです。
    例えば保永堂版東海道の「四日市」は、裏から見た時、木枯らしの吹きおろす様が、表から見た時よりも3倍くらいよくわかります。つまり摺師のバレン痕が残っていて、これらが全てある一定方向に向かって働いているのです。この作品につけてあるグラデーション(ボカシ)は、全て方向性(木枯らしのふきおろす方向)を持たせて摺ってあることが、裏から見たとき、ひと目でわかるのです。
    このような効果の出し方は全く珍しいもので、私は他に同様の例を知りません。このような摺り方は初摺りの作品にしか行われておらず、後摺り品においては、ただボカシを入れただけの摺り方になっています。そうした初摺品特有の摺り方が、版画を表から見た時、木枯らしを実感させることになるわけです。

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    北斎館

    墨田区平成20年度予算
    平成20年度重要施策への取り組み〈主な新規・拡充事業〉

    平成20年度は、基本構想・基本計画の実現に向けて着実に事業を展開するとともに、新タワー建設が本区のあり方を大きく変えていくことを深く認識し、行政が取り組むべき事業を推進していきます。

    新タワー関連整備事業

    ・北斎館(仮称)の整備 74,384 千円
    建物・展示等の基本設計
    ・環境ふれあい館(仮称)の整備 【新規】 22,000 千円
    建物・展示設計
    ・観光プラザ(仮称)の整備 【新規】 6,000 千円
    事業計画
    ・押上駅前自転車駐車場(仮称)の整備 12,500 千円
    実施設計等
    ・大横川親水公園の歩行者空間再整備 84,000 千円
    園路・スロープ整備(紅葉橋~法恩寺橋)、水路改修、水質浄化実施設計
    ・新タワー周辺主要道路の景観整備 43,593 千円
    電線類地中化予備設計:言問通り、桜橋通り、新タワー通り(仮称)
    実施設計:新タワー通り(仮称)
    ・吾妻橋防災船着場の整備 14,000 千円
    実施設計
    ・北十間川水辺空間の整備 35,035 千円
    実施設計(人道橋、南側道路整備)
    ・押上・業平橋駅周辺地区の整備 6,041 千円
    ・観光回遊性の向上 【新規】
    区内循環バス導入に向けた調査
    8,000 千円
    ・景観まちづくりの推進 【拡充】 8,000 千円
    ・周遊ルート等歩行者空間整備の検討 1,000 千円
    道路景観ガイドライン

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    北斎 辞世

    5月10日は北斎の命日でした。 Acd0805100329002p1
    嘉永2年4月18日(1849年5月10日)没
    サンケイ新聞 今日の言葉に辞世の句が取り上げられました。

    「ひと魂でゆく気散(きさん)じや夏の原」葛飾北斎

    「気散じ」は気晴らしの意で、人魂(ひとだま)になって夏の原っぱにでも気晴らしに出掛けようか、としゃれてみた句。

    画像の書は婁正綱氏

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    北斎の鯉亀図公開

    北斎の鯉亀図公開

    ~5月25日
    埼玉立歴史と民俗の博物館

    江戸時代を代表する浮世絵師葛飾北斎の肉筆画「紙本着色鯉亀図」が二十六日から、県立歴史と民俗の博物館(さいたま市大宮区)で公開される。北斎の円熟期の作品で県指定有形文化財。合わせて絵師岩佐又兵衛勝以(かつもち)の国重要文化財「三十六歌仙額」も公開する。

     鯉亀図は縦二十七センチ、横九十二センチの横長の画面に、泳ぐコイとカメを二匹ずつ描いた作品。同博物館によると、画面左端に「作品に押してきた印を弟子に譲る」という意味の墨書が入っている。制作年が一八一三(文化一〇)年と明確で、北斎作品の中でも記念碑と言えるものという。  

     三十六歌仙額は一六四〇(寛永一七)年作で、川越市の仙波東照宮に奉納されたもSan_b_7 の。奈良から平安期にかけての歌人たちが、それぞれ縦四十七センチ、横三十センチの板に描かれている。

    スタッフブログより

     前回、北斎の鯉亀図(こいかめず)が埼玉県の指定文化財になったことを御紹介しました。
    北斎の画業の中でも特筆すべき意義を持つ作品ですが、あの富士山の版画のようなダイナミックさもなく、
    色合いも地味な絵です。華やかさに欠けます(-_-)。
     でも近寄って見れば、その魅力がじんわり迫ってきます。
     とても繊細に、緻密に描かれているのがわかるでしょう。丁寧に丁寧に、じっくりと描いています。色と
    いえば、黒と藍色だけなのですが、実に微妙な濃淡で立体感・奥行きが表現されています。鯉のヌメっとし た感触まで伝わって来るようです。 2008032701
     中でも鯉の眼は何度見ても感動します。写真ではわかりにくいのですが、深い深い藍色で、なんとも言え ない色合いで、吸い込まれそうです。ぜひ御覧になっていただきたいところです。
     ちょっとかわいいのは、二匹の鯉の間を行く亀の姿です。ゴツゴツした「怪獣か!」という足やしっぽを
    していますが、その動きがなんとも愛らしいではありませんか。赤ちゃんを思わせるあどけなさを感じます

    前々からお知らせしておりましたとおり、鯉亀図の展示公開が始まりました。
     25日に放送されたNHKの「美の壺」の冒頭で、錦鯉が誕生する前、江戸時代の人々が鑑賞していたのは 真鯉であったという説明とともに登場した北斎の鯉の絵が、これです。
     ちなみに、この番組で紹介されていた歌川広重の版画「名所江戸百景 水道橋駿河台」も5月11日(日)ま で展示しております。
     さて、「鯉亀図」の丁寧に緻密に描かれた筆遣いや、鯉や亀の表情・姿だけでなく、表具にも御注目くだ さい。本紙をぐるっと囲むように使われているのは、波間に魚のヒレがアレンジされた布地です。
     こんなところにかいま見える粋な心もぜひお楽しみください。2008043001 
     ところで、ある新聞社の方とお話ししていたところ、当館での展示は久々であったということに改めて気 づきました。昨春は府中市美術館、一昨年秋には東京国立博物館と、展覧会への出品が続いていたためです。
     絵画の場合、褪色や絵の具の剥落などの劣化を少しでも防ぐために、展示を制限しています。1年間に1回、 しかもその間隔を開けなくてはなりません。
    どこかへ出品するとなると、その年だけでなく前後の年で調整をする必要が出てきます。
     実は、昨年秋に展示を考えていたのですが、県指定文化財に向けての調査や審議が行われることになりました。
     もし指定が決まったら、そのお披露目を兼ねた公開をするのがよいということで、さらに間があいてしまった という訳です。この結果、当館では平成16年秋以来の展示となりました。今回は5月25日まで展示していますが、
    その次はまたずっと先になりそうです。この機会をどうぞお見逃しなく。


    新刊紹介

    書 名 岩佐又兵衛
    副書名 浮世絵をつくった男の謎
    シリーズ名 文春新書 629
    出版社 発行所=文藝春秋
    著 者 辻惟雄
    税込価格 1,260円(本体1,200円+税)
    発行年月 2008年4月
    判型 新書
    ISBN 9784166606290

    母を信長に殺されて、数奇な生涯を絵筆に託した謎の天才、岩佐又兵衛。江戸初期の生命力と退廃美をきわめた絵師の妖しい魅力を、日本美術の権威・辻惟雄が読み解く。

    はじめに 又兵衛論の総決算として;
    第1章 伝記と落款のある作品;
    第2章 又兵衛の謎―没後の言い伝え;
    第3章 “又兵衛風絵巻群”の出現と論争;
    第4章 “又兵衛風絵巻群”の驚くべき内容;
    第5章 又兵衛と風俗画―又兵衛はどんな風俗画を描いたか;
    おわりに 又兵衛から浮世絵は始まった

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    北斎肉筆画県指定文化財に

    埼玉県教委は10日、絵画や考古資料など4件を県指定文化財に登録した。今回の登録で、県指定文化財は679件となった。

     登録されたのは、県立歴史と民俗の博物館(さいたま市大宮区)収蔵の「紙本着色 鯉亀図 葛飾北斎筆」(絵画)、蓮田市の「黒浜貝塚群出土品」(考古資料)、皆野町の「秩父地方の養蚕用具及び関係資料」(有形民俗文化財)、越谷市の「北川崎の虫追い」(無形民俗文化財)。

     鯉亀図は、葛飾北斎が1813年(文化10年)、54歳の時に描いた作品で、緩やかに流れる水と、立体感ある鯉(こい)や亀を生き生きと表現している。

    (2008年3月11日  読売新聞)

    鯉図Shiryokoil_6

    作者:葛飾北斎
    寸法:縦26.8cm×横91.8cm
    年代:江戸時代
    種別・形態:絵画・紙本淡彩 (1幅)

    浮世絵師として知られる葛飾北斎の肉筆画です。
    横長の画面に描かれた水中の鯉二匹と亀二匹。S字状の単純な線が右から左にゆるやかに流れる水をあらわし、藍の濃淡で繊細に描かれた水藻は画面に奥行きを出しています。左隅の墨書には、文化10年(1813)、それまで愛用してきた「亀毛蛇足」の印を弟子(北明と推定)に譲る旨が記されています。「亀毛蛇足」の亀と蛇は北方を守る玄武から暗示を受けたのではないかとも言われています。

    この作品名は「鯉亀図」に統一されるそうです。

    県立歴史と民俗の博物館学芸員の方の説明

    「御指摘いただきました作品について、当館ではこれまで「鯉図」と呼んで参りました。


    現代の作品と違って作者自身が作品の名称を定めている訳ではないため、呼び方(名称)が異なる例は、これに限らずよく見られるところではあります。

    今回、県指定文化財の審議を行う文化財保護審議会での審議の中で、「鯉だけでなく亀も描かれているので、鯉亀図とするのが適当」という判断がなされ、指定名称がこのように決まりました。
    他所所蔵のものですが、北斎の作品の中にも鯉だけを描いたものがあり、そういったものと区別する意味でも指定名称は「鯉亀図」とするのが良いと判断されたと聞いております。

    今後は、当館での呼び方も指定名称に合わせて参りますが、指定直後ということもあり、実はまだ情報の統一がなされていないところがございます。

    (略)

    ただ、「亀毛蛇足」については、妙見信仰に関係するものではないかと考えられています。
    北斎は、日蓮宗の信者であり深く妙見菩薩を信仰していたと伝わっており、「北斎」そのものをはじめ彼が用いた画号は、北極星(または北斗七星)を神格化した妙見にちなんだものと推定されています。
    北の方角と関係深い妙見と、四神のうち北方の玄武(亀と蛇)とを結びつけ、北斎の洒落を交えて作り出されたのがこの印ではないかと考えられています。
    的確な答えになっておりませんが、どうぞ御了承ください。申し訳ございません。

    「鯉亀図」は、北斎の画業の中でも特に史料的価値も高い作品と位置づけられておりますが、もちろん絵そのものもすばらしいものです。
    鯉の眼の深い色合いなど、ぜひ御覧いただきたいところです。
    この指定を記念し、4月26日(土)から5月25日(日)まで展示公開を行う予定ですので、御来館いただければ幸いです。」

    尚、北斎筆徐福図 1幅 (深谷市東方 江戸 弘化2年(1845)、(共)飾北斎86歳の筆。紙本着色、が同様に指定されています。

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    海外の浮世絵展 Fairbanks Gallery

    Fine Art Print Collection

    Fairbanks Gallery on the Oregon State University campus

    February 11–March 6, 2008

    北斎 6点、広重7点、国芳8点、国貞7点。

    浪裏の色合わせのデモンストレーション版4点を含む。

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    墨田区北斎館その4

    新タワー予算55億円追加

    墨田区は8日、押上・業平橋地区の新タワー建設にあたり、2013年度までの関連事業予算として、総額133億3600万円を計上すると発表した。タワーの景観を確保するため、電柱の地中化区域を拡大し、当初78億円としていた予算総額を約55億円積み増した。山崎昇区長は記者会見で、「タワーを観光の起爆剤にするためには必要」と説明した。

     増額分は、電線の地中化エリアの拡大(32億9000万円)のほか、凍結中だった葛飾北斎の美術館「北斎館」(総額23億円)の建設費など。財源として、国の「まちづくり交付金」を申請し、約40億円を補助金で賄う計画だ。さらに、公共施設整備基金からの繰り入れと起債で対応する。

     新年度予算案の関連事業予算は、大横川親水公園の歩行者空間再整備(8400万円)など計6億700万円が計上されている。

     また、山崎区長は、事業主体の新東京タワー株式会社への出資について、「親会社の東武鉄道側から具体的な要請はない」としながらも、「新タワーの運営について、発言権を確保するためにも、要請があれば出資したい」と話した。

    (2008年2月9日  読売新聞)

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    四季耕作図

    四季耕作図

    Photo

    全面に農村風景画が広がり季節の移ろいが描かれている。
    向かって右から2扇目3扇目の最上部が年始、万歳の門付け。
    その左に籾を水に浸す子供、そのさらに左に白い紐を張り巡らし小屋から苗を見守る男。
    中央の橋の下は田植えと下段には五月の節句の鍾馗の幟も見られる。

    その上は秋の刈り入れ。

    5,6扇目では脱穀や俵を倉に納める様が詳しく描かれ、豊作のめでたさが伺われる。
    この屏風は落款から40~50歳の作と推定される。

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    同じように農村風景を描いた屏風がフリーア館に所蔵されているが、それは70歳前半と考えられ作風の違いを見る事ができる。

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    北斎を原画の古伊万里

     古伊万里を収集している静岡市葵区の彫刻家前島秀章さん(68)が、古伊万里焼に描かれた陶画の少なくとも10点について、江戸後期の葛飾北斎(1760~1849)の浮世絵を手本にしていたことを突き止めた。葛飾北斎美術館(島根県津和野町)の永田生慈館長(57)は「北斎の仕事が、遠く九州の工芸職人層に影響が及んでいたことをうかがわせる極めて重要な学術的資料」と評価している。前島さんはこの10点を含めた自らの収蔵品210点を共著「楽しい絵文様の伊万里やき」という美術書にまとめ、出版した。(写真は2枚とも同書から)

     前島さんが古伊万里の人物文様に興味を持ち、収集を始めたのは、20歳代のころ。彫刻用の人物描写の参考にするためだった。30歳代の時に「仁田四郎(にたんのしろう)の猪退治の皿」(口径21・2センチ、高さ3・0センチ)を入手した時、その絵柄の迫力と技巧に圧倒されたという。

     左足に重心をかけた武将が大イノシシを逆さに抱き込み、右手の短刀を振り下ろそうとしている。「まるで動画のひとこま。これほど優れたデッサンを描ける画工が、18世紀後半から19世紀初めに伊万里にいたとは……」

     それから約20年、この皿絵が、北斎の「富嶽百景」の中の「武邊の不二」の図柄をそのまま生かしていたことを発見した。

     その後、「北斎漫画」などからも、北斎原画を利用したとみられる伊万里作品を次々と発見して入手した。「原画を丸写しにしている作品もあるが、丸い皿に描くために不要な背景などを省略し、すっきりと仕上げたものもある。10点ははっきりと原典が証明できる」と話している。

     今回、北斎原画と伊万里の陶画との結びつきを体系的に示したことは、浮世絵の専門家と焼き物の専門家の双方を驚かせた。今回の共著者でもある伊万里研究家の小木一良さん(76)は「断片的には察することができても、これほど具体的に突き合わせての成果にはびっくりした」と話す。

     前島さんがこつこつと古伊万里の皿や鉢などを集めたのは「描かれた人物の表現に興味を抱いたため」だ。ひかれるのは「庶民の笑い声が聞こえてくるようだ」という江戸後期の作品が多いという。小木さんは「これだけの数を集めるのは、かなりの情熱がないとできない」と話している。

     同書で紹介された前島コレクションは210点。浮世絵の影響を受けているとみられる65点(第1章)、名横綱などの相撲絵15点(第2章)など計4章からなる。創樹社美術出版。8400円。

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    (2008年1月28日  読売新聞)

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    墨田区北斎館 その3

    『墨田の目玉に』 11年開館目指す 生誕地近くに北斎館

    2008年1月4日

     東京都墨田区が、地元出身の浮世絵師、葛飾北斎の作品や生涯などを紹介するため計画してきた美術館「北斎館」(仮称)の建設予定地を、北斎の生誕地近くの公園内に絞ったことが分かった。二〇一一年のオープンを目指す。区内ではほぼ同時期(一一年度)に世界トップクラスの高さを誇る新タワー(六百十メートル)も開業予定で、海外で高い人気と評価を誇る北斎を「墨田が生んだ世界の才人」として、国内外の観光客を引き付ける観光資源の目玉にする。 (藤浪繁雄)

     北斎館の建設予定地は、同区亀沢二の緑町公園内のテニスコートの約千二百平方メートル。地上四階地下一階建て。生涯で三万点以上を手がけた北斎の多彩な作品の展示はもちろん、九十回以上も引っ越しを重ねた風変わりな生活ぶりなど、人物像も知ることができるようにする。区では既に版画など約千三百点の作品を収集しているが、担当者は「趣向を凝らした企画展を開くにはまだ足りない。一万から二万点ほしい」と買い増す方針だ。

     北斎館は一九八九年ごろに構想が持ち上がり、区は九三年、同じ亀沢二に約二千平方メートルの土地を取得。財政事情が悪化して、計画は凍結状態となり、その土地は現在、駐車場になっている。

     しかし、新タワーの建設予定地が区内の業平橋・押上地区に決まると、「見物客が区内を回遊できる魅力的な施設がほしい」という機運が高まり、北斎館に再びスポットが当たった。建設費として約二十三億円を見積もっている。

     区は当初取得した土地を活用する方針だったが、都市公園法が改正され、公園内にも美術館などを建設できるようになったのを受け、緑町公園内での建設案に転換した。

     区は昨年秋に、地元住民を対象に説明会を開催。JR総武線沿いにあり、車窓からも見えることや生誕地近くの通称「北斎通り」に面していることなど立地条件の良さをアピールし、理解を求めている。

     区の担当者は「新タワーや江戸東京博物館などとともに、墨田の目玉施設にしたい。特に海外の観光客には、江戸文化に親しむいい機会になるのではないか」と話している。

    (東京新聞)

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    対談 北斎の魅力と墨田区北斎館への夢 墨田区北斎館その2

      内田 繁 
      (建築家・インテリアデザイナー)
      永田 生慈
      (葛飾北斎美術館館長・浮世絵太田記念美術館副館長)

    - I N D E X -

       ・出演者プロフィール

       ・はじめに

       ・対談 第1部 「冨嶽三十六景と北斎」     (平成8年12月 2日掲載)

       ・対談 第2部 「デザインとしての北斎の作品」 (平成8年12月 9日掲載)

       ・対談 第3部 「墨田区北斎館(仮称)への夢」 (平成8年12月16日掲載)

       ・おわりに

    http://www.museum.or.jp/IM/report/museum_report/hokusai/index.html

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    墨田区北斎館(仮称) その1

    墨田区が新東京タワー建設に合わせ北斎館の建設を計画しています。
    場所は緑町公園内のテニスコートか亀澤2-24の取得用地。
    展示作品、資料としては故楢橋宗重コレクション、故ピーター・モースコレクション、
    ロジャー・キーズ氏資料等を予定。

    墨田区北斎館(仮称)施設整備方針概要版

    http://www.city.sumida.lg.jp/sumida_info/ku_kakusyukeikaku/hokusaikansisetuseibihousin/files/hokusaikansisetuseibihousingaiyou.pdf

    ピーター・モース氏(1935-93)は、ホノルル美術館副主任研究員などを歴任し、東西の版画芸術を研究する一方、葛飾北斎の一大コレクターとして世界的に知られた存在でした。大森貝塚を発見したエドワード・S・モースの子孫にもあたります。平成五年一月、東京で開催された「大北斎展」に多くの所蔵品を出品され、その展示立ち合いのための日本滞在中に急逝されました。

     モース氏のコレクションは、欧米における北斎の個人収集としては最高最大の内容と言われており、研究者の目で収集された希少価値の高い作品が多く含まれていることが特徴です。氏の逝去に伴い、そのコレクションの散逸を惜しんだご遺族が、本区の北斎館(仮称)建設の計画と、区からの懇請に深い理解を寄せられ、総数600点に近い北斎作品のほか、研究資料などの一括取得が実現しました。

    (以上 平成18年北斎展 -ピーター・モース・コレクションの世界- 資料より引用)

    ロジャーキーズ出版目録

    Ehon: The Artist And the Book in Japan  (写真)

    The Male Journey in Japanese Prints

    Surimono: Privately Published Japanese Prints in the Spencer Museum of Art

    Japanese Woodblock Prints: A Catalogue of the Mary A. Ainsworth Collection

    Theatrical World of Osaka Prints

    Rage, Power and Fulfillment: The Japanese Male Journey

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    「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」

    「北斎とシーボルトの交流、そして新発見の屏風」と題し
    名古屋市美術館 学芸課長 神谷浩氏が見所の解説を書いています。
    北斎とカピタンの関わり、それから類推されるシーボルトとの交流。
    カイタンから依頼された作品で採られた陰影法と絵の具。
    それによって得たインスピレーションが後の傑作を生んだのではと、
    興味ある内容です。

    http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071217/143204/?P=1

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    北斎ーヨーロッパを魅了した江戸の絵師

    Title_main

    特別展「 北斎ーヨーロッパを魅了した江戸の絵師ー」出品リスト
    前期後期
    第1部 北斎とシーボルト
    1 年始回りオランダ国立民族学博物館○ ○
    2 花見オランダ国立民族学博物館○ ○
    3 端午の節句オランダ国立民族学博物館○ ○
    4 節季の商家オランダ国立民族学博物館○ ○
    5 武士と従者オランダ国立民族学博物館○ ○
    6 『Nippon』Ⅱ-Ⅴ オランダ国立民族学博物館○ ○
    7 早駆けオランダ国立民族学博物館○ ○
    8 『Nippon』Ⅱ-ⅩⅠⅩ オランダ国立民族学博物館○ ○
    9 初午祭オランダ国立民族学博物館○ ○
    10 初夏の浜辺オランダ国立民族学博物館○ ○
    11 東海道五十三次 興津オランダ国立民族学博物館○ ○
    12 東海道五十三次 江尻オランダ国立民族学博物館○ ○
    13 驟雨オランダ国立民族学博物館○ ○
    14 厩オランダ国立民族学博物館○ ○
    15 『北斎麁画』オランダ国立民族学博物館○ ○
    16 『絵本孝経』オランダ国立民族学博物館○ ○
    17 花魁と禿(遊女と禿) オランダ国立民族学博物館○ ○
    18 大山講の山帰りオランダ国立民族学博物館○ ○
    19 東海道五十三次 藤沢オランダ国立民族学博物館○ ○
    20 江戸城オランダ国立民族学博物館○ ○
    21 大川端夕涼みオランダ国立民族学博物館○ ○
    22 北溪:両国(三都名所図絵より) オランダ国立民族学博物館○ ○
    23 七五三宮詣オランダ国立民族学博物館○ ○
    24 武具1 槍オランダ国立民族学博物館○ ○
    25 『Nippon』Ⅱ-Ⅹ オランダ国立民族学博物館○ ○
    26 武具9 火薬入れ、弾丸オランダ国立民族学博物館○ ○
    27 『Nippon』Ⅱ-Ⅶ オランダ国立民族学博物館○ ○
    28 武具10 刀オランダ国立民族学博物館○ ○
    29 武具11 旗印オランダ国立民族学博物館○ ○
    30 『Nippon』Ⅱ-Ⅷ オランダ国立民族学博物館○ ○
    31 『Nippon』Ⅱ-Ⅸ オランダ国立民族学博物館○ ○
    32 武家フランス国立図書館○ ○
    33 町屋の男フランス国立図書館○ ○
    34 町屋の娘フランス国立図書館○ ○
    35 武家の奥方フランス国立図書館○ ○
    36 茶店と往来フランス国立図書館○ ○
    37 凧あげフランス国立図書館○ ○
    38 海浜の漁師フランス国立図書館○ ○
    39 素麺作りフランス国立図書館○ ○
    40 井戸掘りフランス国立図書館○ ○
    41 漆屋と蝋燭屋フランス国立図書館○ ○
    図録番号
    展示情報
    前期:2007年12月4日~27日
    後期:2008年 1月2日~27日作    品    名所  蔵  先
    38 海浜の漁師フランス国立図書館○ ○
    39 素麺作りフランス国立図書館○ ○
    40 井戸掘りフランス国立図書館○ ○
    41 漆屋と蝋燭屋フランス国立図書館○ ○
    42 雨中の漁フランス国立図書館○ ○
    43 大山詣フランス国立図書館○ ○
    44 提灯張りフランス国立図書館○ ○
    45 提灯張り 素描  大英博物館○ ○
    46 西瓜の陸揚げフランス国立図書館○ ○
    47 西瓜の陸揚げ 素描 大英博物館○ ○
    48 土手工事フランス国立図書館○ ○
    49 土手工事 素描大英博物館○ ○
    50 仏師フランス国立図書館○ ○
    51 『新鄙形』オランダ国立民族学博物館○ ○
    52 神楽巫女フランス国立図書館○ ○
    53 『絵本庭訓往来』オランダ国立民族学博物館○ ○
    54 雪の渡しフランス国立図書館○ ○
    55 雪の渡し 素描大英博物館○ ○
    56 海女フランス国立図書館○ ○
    57 洗い張りフランス国立図書館○ ○
    58 東海道五十三次 川崎オランダ国立民族学博物館○ ○
    59 日本橋辺風俗フランス国立図書館○ ○
    60 日本橋辺風俗 素描大英博物館○ ○
    61 武士の乗馬フランス国立図書館○ ○
    62 『北斎画式』オランダ国立民族学博物館○ ○
    63 太神楽フランス国立図書館○ ○
    64 今戸瓦窯フランス国立図書館○ ○
    65 隅田川風景図フランス国立図書館○ ○
    66 『冨嶽百景』オランダ国立民族学博物館○ ○
    67 大工 素描大英博物館○ ○
    68 橋を渡る男女 素描大英博物館○ ○
    69 幟の柱立て 素描大英博物館○ ○
    第二部 多彩な北斎の芸術世界
    版画
    70 そがの五郎ときむね 市川門之助オランダ国立民族学博物館○
    71 新板七へんげ三階伊達の姿見 市川八百蔵名古屋テレビ放送○
    72  新板浮絵化物屋鋪百物語の図奈良県立美術館○
    73 忠臣蔵東京都江戸東京博物館○
    74 風流なくてなゝくせ遠眼鏡山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    75 新板浮絵忠臣蔵初段鶴ヶ岡東京都江戸東京博物館○
    新板浮絵忠臣蔵第八段目東京都江戸東京博物館○
    新板浮絵忠臣蔵第九段目東京都江戸東京博物館○
    新板浮絵忠臣蔵第十一段目東京都江戸東京博物館○
    76 よつや十二そう個人蔵○
    77 ぎやうとくしほはまよりのぼとのひかたをのぞむ個人蔵○
    78 おしをくりはとうつうせんのづ個人蔵○
    79 阿蘭陀画鏡 江戸八景東京都江戸東京博物館○
    80 亀井戸開帳オランダ国立民族学博物館○
    77 ぎやうとくしほはまよりのぼとのひかたをのぞむ個人蔵○
    78 おしおくりはとうつうせんのづ個人蔵○
    79 阿蘭陀画鏡 江戸八景東京都江戸東京博物館○
    80 亀井戸開帳オランダ国立民族学博物館○
    81 風流おどけ百句ばばさまの小言名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句鬼ころし名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句囲炉裏端名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句陰乱男名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句茶椀拍子名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句雷名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句孕んだ男名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句鋳かけ名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句唐辛子名古屋テレビ放送○
    風流おどけ百句五合徳利名古屋テレビ放送○
    82 吉原妓楼の図山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    83 東海道五十三次壱 日本橋名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次四 神奈川名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次七 藤沢名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次九 大磯名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次十一 箱根名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次十七 由井名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次廿三 藤枝名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次廿四 島田名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次廿五 金谷名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次廿七 掛川名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次三十三 白須賀名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次三十六 御油名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次三十八 藤川名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次三十九 岡崎名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次四十一 鳴海名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次四十二 宮名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次四十三 桑名名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次四十九 坂の下名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次五十四 大津名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次五十五 京名古屋テレビ放送○
    東海道五十三次五十六 都名古屋テレビ放送○
    84 東海道名所一覧オランダ国立民族学博物館○ ○
    85 鬼児嶋弥太郎と西法院赤坊主名古屋テレビ放送○
    86 冨嶽三十六景東都浅草本願寺山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    87 冨嶽三十六景東都浅草本願寺東京都江戸東京博物館○
    88 冨嶽三十六景相州七里浜山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    89 冨嶽三十六景相州梅沢左山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    90 冨嶽三十六景甲州石班沢山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    91 冨嶽三十六景甲州石班沢東京都江戸東京博物館○
    92 冨嶽三十六景甲州三島越山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    93 冨嶽三十六景甲州三島越東京都江戸東京博物館○
    94 冨嶽三十六景信州諏訪湖山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    95 冨嶽三十六景駿州江尻山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    96 冨嶽三十六景駿州江尻東京都江戸東京博物館○
    93 冨嶽三十六景甲州三島越東京都江戸東京博物館○
    94 冨嶽三十六景信州諏訪湖山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    95 冨嶽三十六景駿州江尻山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    96 冨嶽三十六景駿州江尻東京都江戸東京博物館○
    97 冨嶽三十六景遠江山中山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    98 冨嶽三十六景遠江山中東京都江戸東京博物館○
    99 冨嶽三十六景常州牛堀山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    100 冨嶽三十六景常州牛堀東京都江戸東京博物館○
    101 冨嶽三十六景神奈川沖浪裏山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    102 冨嶽三十六景神奈川沖浪裏東京都江戸東京博物館○
    103 冨嶽三十六景凱風快晴山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    104 冨嶽三十六景凱風快晴東京都江戸東京博物館○
    105 冨嶽三十六景山下白雨山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    106 冨嶽三十六景山下白雨東京都江戸東京博物館○
    107 冨嶽三十六景深川万年橋下山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    108 冨嶽三十六景深川万年橋下東京都江戸東京博物館○
    109 冨嶽三十六景武州玉川山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    110 冨嶽三十六景尾州不二見原山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    111 冨嶽三十六景尾州不二見原東京都江戸東京博物館○
    112 冨嶽三十六景江都駿河町三井見世略図山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    113 冨嶽三十六景御廚川岸より両国橋夕陽見山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    114 冨嶽三十六景五百らかん寺さゞゐどう山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    115 冨嶽三十六景礫川雪ノ旦山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    116 冨嶽三十六景東海道江尻田子の浦略図山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    117 冨嶽三十六景東海道吉田山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    118 冨嶽三十六景江戸日本橋山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    119 冨嶽三十六景隅田川関屋の里山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    120 冨嶽三十六景隅田川関屋の里東京都江戸東京博物館○
    121 冨嶽三十六景甲州三坂水面山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    122 冨嶽三十六景甲州三坂水面東京都江戸東京博物館○
    123 冨嶽三十六景東海道程ヶ谷山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    124 冨嶽三十六景本所立川山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    125 冨嶽三十六景駿州大野新田東京都江戸東京博物館○
    126 冨嶽三十六景東海道金谷ノ不二山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    127 冨嶽三十六景諸人登山山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    128 百物語こはだ小平二山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    129 百物語さらやしき山口県立萩美術館・ 浦上記念館○
    130 諸国瀧廻り下野黒髪山きりふりの滝原安三郎コレクション○
    131 諸国瀧廻り相州大山ろうべんの滝原安三郎コレクション○
    132 諸国瀧廻り相州大山ろうべんの滝山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    133 諸国瀧廻り東海道坂ノ下清滝くわんおん原安三郎コレクション○
    134 諸国瀧廻り東都葵ケ岡の滝原安三郎コレクション○
    135 諸国瀧廻り東都葵ケ岡の滝山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    136 諸国瀧廻り木曾路ノ奥阿弥陀ケ滝原安三郎コレクション○
    137 諸国瀧廻り美濃ノ国養老の滝原安三郎コレクション○
    138 諸国瀧廻り和州吉野義経馬洗滝原安三郎コレクション○
    139 諸国瀧廻り和州吉野義経馬洗滝山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    140 諸国瀧廻り木曾海道小野ノ瀑布原安三郎コレクション○
    141 諸国瀧廻り木曾海道小野ノ瀑布山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    138 諸国瀧廻り和州吉野義経馬洗滝原安三郎コレクション○
    139 諸国瀧廻り和州吉野義経馬洗滝山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    140 諸国瀧廻り木曾海道小野ノ瀑布原安三郎コレクション○
    141 諸国瀧廻り木曾海道小野ノ瀑布山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    142 諸国名橋奇覧飛越の堺つりはし原安三郎コレクション○
    143 諸国名橋奇覧飛越の堺つりはし山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    144 諸国名橋奇覧東海道岡崎矢はきのはし原安三郎コレクション○
    145 諸国名橋奇覧東海道岡崎矢はきのはし山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    146 諸国名橋奇覧三河の八つ橋の古図原安三郎コレクション○
    147 諸国名橋奇覧足利行道山くものかけはし原安三郎コレクション○
    148 諸国名橋奇覧足利行道山くものかけはし山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    149 諸国名橋奇覧すほうの国きんたいはし原安三郎コレクション○
    150 諸国名橋奇覧すほうの国きんたいはし山口県立萩美術館・ 浦上記念館萩会場のみ展示
    151 諸国名橋奇覧かうつけ佐野ふなはしの古づ原安三郎コレクション○
    152 百人一首うはかゑとき天智天皇町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    153 百人一首うはかゑとき持統天皇町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    154 百人一首乳母かゑとき柿本人麿町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    155 百人一首うはかゑとき山辺赤人町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    156 百人一首乳母かゑとき猿丸太夫町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    157 百人一首乳母か縁説中納言家持町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    158 百人一首うはかゑとき小野小町町田市立国際版画美術館○(江戸博のみ)
    159 百人一首乳母か絵とき参議篁町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    160 百人一首乳母か絵説在原業平町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    161 百人一首うばか縁説藤原繁(敏)行朝臣町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    162 百人一首姥かゑとき菅家町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    163 百人一首うはかゑとき源宗于朝臣町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    164 百人一首うはかゑとき春道列樹町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    165 百人一首うばか縁説清原深養父町田市立国際版画美術館名古屋会場のみ展示
    166 百人一首うはかゑとき文屋朝康町田市立国際版画美術館萩会場のみ展示
    167 百人一首姥かえとき大中臣能宣朝臣町田市立国際版画美術館萩会場のみ展示
    168 百人一首うはかゑとき藤原義孝町田市立国際版画美術館萩会場のみ展示
    169 百人一首うはかゑとき藤原義孝オランダ国立民族学博物館○
    170 百人一首うばかゑとき藤原道信朝臣町田市立国際版画美術館萩会場のみ展示
    171 百人一首うはかゑとき大納言経信町田市立国際版画美術館萩会場のみ展示
    172 百人一首うはかゑとき権中納言定家町田市立国際版画美術館萩会場のみ展示
    173 鷹図団扇絵東京都江戸東京博物館○
    摺物
    174  観桜(遊女の舞) 名古屋テレビ放送○
    175 狂歌師図山宝亭長熨斗オランダ国立民族学博物館○ ○
    狂歌師図硯墨筆オランダ国立民族学博物館○ ○
    狂歌師図若松脂古記オランダ国立民族学博物館○ ○
    狂歌師図四辻門守オランダ国立民族学博物館○ ○
    176 文車わきの女性オランダ国立民族学博物館○ ○
    177 蛇オランダ国立民族学博物館○ ○
    178 亀オランダ国立民族学博物館○ ○
    179 四性ノ内普門品 菊水鎧 橘オランダ国立民族学博物館○ ○
    180 四性ノ内青葉笛 青山琵琶 平オランダ国立民族学博物館○ ○
    181 四性ノ内干珠満珠 藤巻鎌 藤オランダ国立民族学博物館○ ○
    182 四性ノ内小烏丸の一腰 源オランダ国立民族学博物館○ ○
    179 四性ノ内普門品 菊水鎧 橘オランダ国立民族学博物館○ ○
    180 四性ノ内青葉笛 青山琵琶 平オランダ国立民族学博物館○ ○
    181 四性ノ内干珠満珠 藤巻鎌 藤オランダ国立民族学博物館○ ○
    182 四性ノ内小烏丸の一腰 源オランダ国立民族学博物館○ ○
    183 元禄歌仙貝合ほら貝オランダ国立民族学博物館○ ○
    184 元禄歌仙貝合紫貝オランダ国立民族学博物館○ ○
    185 元禄歌仙貝合みやこ貝オランダ国立民族学博物館○ ○
    肉筆画
    186 夜鷹図細見美術館2007年12月4日~16日
    187 瑞亀図奈良県立美術館○
    188 美人夏姿図個人蔵○
    189 墨堤三美人個人蔵○ ○
    190 夏の朝個人蔵○
    191 正月品定め図(五美人図) 細見美術館2007年12月18日~27日
    192 花魁と禿図静嘉堂文庫美術館萩会場のみ展示
    193 四季耕作図屏風個人蔵○ ○
    194 杣人春秋山水図福井県立美術館○(江戸博のみ)
    195 韓信の股くぐり個人蔵○ ○
    196 筍図扇面個人蔵○ ○
    197 擣衣美人図個人蔵○ ○
    198 美人図・賛個人蔵○ ○
    199 合せ鏡立美人・花魁立姿オランダ国立民族学博物館合せ鏡たち美人花魁立姿
    200 松下群雀図屏風田中本家○ ○
    201 団扇と美人図個人蔵○ ○
    202 花和尚図個人蔵○ ○
    203 雲龍図個人蔵○ ○
    204 遊鯉図個人蔵○ ○
    205 恵比寿図個人蔵○ ○
    206 竹林の虎図個人蔵○ ○
    207 不二図個人蔵○ ○
    208 生首図摘水軒記念文化振興財団○ ○
    209 日の出と双兎個人蔵○ ○
    210 雪中鷲図摘水軒記念文化振興財団○ ○
    211 端午の節句図個人蔵○ ○
    212 鬼図佐野美術館名古屋会場のみ展示
    213 唐獅子図個人蔵○ ○
    版本
    214 『東遊』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    215 『画本東都遊』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    216 『東都勝景一覧』オランダ国立民族学博物館、ライデン大学図書館全期、但し2週間ごとに頁替
    217 『画本狂歌 山満多山』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    218 『絵本隅田川 両岸一覧』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    219 『新編水滸画伝』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    220 『霜夜星』名古屋市蓬左文庫全期、但し2週間ごとに頁替
    221 『飛騨匠物語』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    222 『婦女庭訓 阥阦妹背山』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    223 『皿皿郷談』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    224 『釈迦御一代記図会』ライデン大学図書館全期、但し2週間ごとに頁替
    225 『伝神開手 北斎漫画』浦上満氏蔵全期、但し2週間ごとに頁替
    222 『婦女庭訓 阥阦妹背山』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    223 『皿皿郷談』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    224 『釈迦御一代記図会』ライデン大学図書館全期、但し2週間ごとに頁替
    225 『伝神開手 北斎漫画』浦上満氏蔵全期、但し2週間ごとに頁替
    226 『伝神開手 北斎漫画』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    227 『絵本浄瑠璃絶句』名古屋市蓬左文庫全期、但し2週間ごとに頁替
    228 『踊独稽古』名古屋市蓬左文庫全期、但し2週間ごとに頁替
    229 『踊独稽古』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    230 『三体画譜』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    231  『画本早引』名古屋市蓬左文庫全期、但し2週間ごとに頁替
    232 『伝神開手 一筆画譜』名古屋市蓬左文庫全期、但し2週間ごとに頁替
    233 『伝神開手 一筆画譜』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    234 『今様櫛  雛形』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    235 『冨嶽百景』名古屋市博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    236 『冨嶽百景』オランダ国立民族学博物館全期、但し2週間ごとに頁替
    237 『画本彩色通』名古屋市蓬左文庫全期、但し2週間ごとに頁替
    238 八十三歳自画像オランダ国立民族学博物館○ ○
    *名古屋会場:名古屋市美術館 2008年2月9日(土)~3月23日(日)
    *萩 会 場 :山口県立萩美術館・浦上記念館 2008年4月5日(土)~5月18日(日)

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    四季耕作図屏風

    行方不明だった北斎のびょうぶ絵、65年ぶりに見つかる

    鹿鳴館を設計したイギリス人建築家ジョサイア・コンドル(1852~1920)が

    所蔵していた、葛飾北斎(1760~1849)作の「四季耕作図屏風(びょうぶ)」が

    現存することが65年ぶりに分かった。

    1942年にデンマークで競売にかけられて以後、行方不明だったが、

    東京の美術商が同国の収集家から購入した屏風を

    小林忠・学習院大教授(日本美術史)が調べ、同作と確認した。
    屏風絵は六つ折りで、絵の大きさは縦107センチ横292センチ。

    北斎としては珍しい農村風景が直接筆で描かれている。

    画面右上に正月を祝う様子、中央上に稲作の準備、中央下に田植え、

    右下から左上にかけて収穫から米俵を蔵に収納する秋の光景と、

    四季の推移が巧みに配置されている。
    画中に「葛飾 北斎画」の署名とともに、北斎が40代か50代前半に使った

    「亀毛蛇足」の印があり、印の劣化状態などから、50代前半に制作されたらしい。

    コンドルはお雇い外国人として工部大学校(現・東京大工学部)の教師として活躍する

    一方、絵師の河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)に師事して

    「暁英(きょうえい)」の名で日本画を描いた。

    日本美術品を収集したが、多くは没後、デンマークで暮らした娘によって売却された。

    この屏風絵は、42年6月に同国で競売にかけられた

    コンドル収集の美術品目録に掲載されていた作品と図柄が一致した。

    現在、東京の収集家が所蔵。

    小林教授は「北斎の現存する屏風絵は10点もなく、

    農村風景を描いた絵はほかに1例が知られるのみ。

    北斎の充実期の作品で、今後の研究にとって貴重だ」と話している.

    2007.8.23

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    特別展「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」

    特別展「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」

    江戸東京博物館

    2007年12月4日(火)~2008年1月27日(日)
    <前期> :12月4日(火)~12月27日(木)
    <後期> :1月2日(水)~1月27日(日)

    謎の風俗画が里帰り

    65年振り発見!

    詳しくはホームページで

    http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/page/2007/1204/200712.html

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    記念講演会 「多彩な北斎の芸術世界」

    神谷 浩氏(名古屋市美術館学芸課長)

    2007年12月8日(土) 午後2時~3時30分

    締 切

    11月22日(木)消印有効

    http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/event/culture/07aki/culture07aki.html#toiawase

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    北斎「富嶽百景」,広重「富士見百図」

    2007年10月11日(木)

    北斎と広重の作品購入 13日から県博で公開
    「富嶽百景」の初版本と「富士見百図」

     県教委は十日、県立博物館の収蔵資料として葛飾北斎「富嶽百景」の初版本(初編・二編・三編の計三冊)と歌川広重「富士見百図」を購入したと発表した。北斎、広重の作画に対する姿勢などをうかがわせる文が含まれた貴重な資料。同博物館が既に収蔵する北斎の「冨嶽三十六景」、広重の「不二三十六景」などと合わせ、「二人が富士のシリーズを制作した考え方をより明確に示す資料になる」(県教委学術文化財課)という。
     同課によると、「富嶽百景」は木版墨摺で、北斎が「冨嶽三十六景」に続き手がけた富士のシリーズ。百余りの富士図で構成されている。初版本は繊細な墨の濃淡による表現が特徴で、当時七十五歳の北斎が会心の作であると記載している。
     「富士見百図」は木版多色摺で初編のみの一冊。北斎の死後、広重が晩年に手がけた作品。山梨からの富士は「甲斐大月の原」「甲斐犬目峠」の二枚が作品群に含まれている。

    山梨日日新聞

    2007年10月11日(木)

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    浮世絵の値段は?

    この5日にChristiesでBob Moore Collectionのオークションがありました。

    浮世絵も140点ほど出品されていました。

    その中で注目されたのが「凱風快晴」。3点出品され珍しい摺りのもありました。

    D4990579t1 D4990649r D4990648x

    摺りのめずらしい左が £288500

    中 £114500

    右 £70100

    その他「神奈川沖浪裏」 £50900、詩哥写真鏡シリーズが£10000以上。

    「山下白雨」は£7500、「お岩さん」£4375等。

    取引の成立しないのもありましたが、最低で£750ですね。

    因みに現在£1=240円程。

    北斎の「凱風快晴」に6840万円 版画で世界最高額

    2007年11月09日07時02分

     葛飾北斎らの浮世絵作品が8日までにロンドンでオークションに掛けられ、北斎の「冨嶽三十六景 凱風快晴」が28万8500ポンド(約6840万円)で競り落とされた。競売商クリスティーズによると、版画としては世界最高額。購入したのは日本の業者という。

     また、別の版の「凱風快晴」に11万4500ポンド(約2715万円)の値が付いたほか、喜多川歌麿の「当時全盛美人揃」が6万6500ポンド(約1580万円)、「高島おひさ」は4万8500ポンド(約1150万円)で落札された。(時事)

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    当時美人揃・松葉屋内染之助

    実際はこれとは少し異なる摺りです

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    「凱風快晴」がChristies

    D4990579t1 D4990649t3 D4990648t2

    明日5日の10:30(グルニッジ時間)にChristiesにおいてRobert Moore Collection

    のオークションがあるようです。

    私にはRobert Moore なる人物が全く解りません。

    しかし日本文化に関する物を色々コレクションされていたようです。

    弥生時代の埴輪から現代絵画まで。

    仏像、茶碗、刀剣と様々な物があります。

    そして浮世絵も勿論含まれています。

    浮世絵の中でも今回私が注目しているには、北斎の「凱風快晴」。

    写真のように摺りの異なるのが3枚出品されています。

    それぞれのコンディションは解りませんが、評価額に20000ポンドづつ

    差があります。

    1枚目が1番高く見積もられています。

    結果が楽しみです。

    摺りの違い等おいおい調べて行きたいと思っています。

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    画狂人 葛飾北斎展

    参考画像

    http://kasd.cocolog-nifty.com/photos/hoku1/index.html

    名古屋展 2007.5.25~6.4 JRタカシマヤ

    京都展  2007.10.17~10.29 高島屋京都店

    大阪展  2008.1.5~1.14 高島屋大阪店

    出品目録

    肉筆画
    鐘旭図、分福茶釜図、娘図、柳に牛図、小野小町図、人を待つ美人図、
    大仏詣図、行楽帰り図、中国武人図、釜に絵馬図、猿図、二股大根と大黒図、
    竹に昼顔図、雲龍図、文昌星図、狐の嫁入り図、月見る虎図、鼠と小鼓図、
    双鶴図、赤壁の曹操図、雑画(画稿)、花魁図(画稿)、朱描鐘馗図(画稿)、
    不二の室(画稿)

    Photo

    版画
    瀬川菊の丞の正宗娘おれん、市川ゑび蔵のかげきよ、岩井半四郎の月さま、
    熊と金太郎、宝船の七福神、仁和嘉狂言 三月 花すもう、東都方角 三匝堂之図、俳諧秀逸 つきの友、風流五節句子供遊、浮絵元祖塔と歌舞岐(ママ)大芝居之図、よつや十二そう、しんはん石橋山合戦組上ヶ、新板浮絵忠臣蔵 第五段目、仮名出本忠臣蔵 三段目 十一段目、新板近江八景 粟津の晴嵐 矢橋の帰帆、東海道五十三次 島田(初摺)、東海道五十三次 島田、
    東海道五十三次 袋井、東海道五十三次 舞坂、新板浮絵富賀岡八幡宮之図、
    新板浮絵三芝居顔見世大入之図、吉原遊郭の景、鳥羽絵集会 酒宴、
    鳥羽絵集会 粂仙人、風流おどけ句 いくぢなし、風流おどけ句 はねつるべ、風流おどけ句 悪い酒、風流おどけ句 空をみる、東海道名所一覧、
    冨岳三十六景 凱風快晴、冨岳三十六景 神奈川沖浪裏、冨岳三十六景 山下白雨、冨岳三十六景 江戸日本橋、冨岳三十六景 武州千住、冨岳三十六景 江都駿河町三井見世略図、冨岳三十六景 五百らかん寺さざゐどう、冨岳三十六景 青山円座松、冨岳三十六景 下目黒、冨岳三十六景 東海道吉田、冨岳三十六景 東海道金谷ノ不二、冨岳三十六景 従千住花街眺望ノ不二、冨岳三十六景 諸人登山、冨岳三十六景 東海道品川御殿山ノ不二、冨岳三十六景 駿州江尻、冨岳三十六景 駿州片倉茶園ノ不二、冨岳三十六景 相州七里浜、
    冨岳三十六景 信州諏訪(校合摺)、冨岳三十六景 墨田川関屋の里(校合摺)、冨岳三十六景 東海道程ケ谷(校合摺)、奥州塩竃松嶌之略図、諸国名橋奇覧 かうつけ佐野ふなはしの古づ、諸国名橋奇覧 摂州阿治川天保山、諸国名橋奇覧 すほうの国きんたいはし、千絵の海 甲州火振、諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝、琉球八景 臨海湖声、琉球八景 長虹秋霽、芥子、芙蓉に雀、雀に虻、波に千鳥、雪中筍堀り、百物語 お岩さん、百物語 こはだ小平二、百物語 しうねん、鎌倉の権五郎景政 鳥の海弥三郎保則、鬼児嶋弥太郎 西法院赤坊主、百人一首宇波かゑとき 藤原繁(ママ)行朝臣、百人一首 僧正遍照(ママ)、唐土名所之絵、地方測量之図

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    摺物
    飛鳥之桜題、三囲田圃、機織図、凧図、帰農図、女刀鍛冶図、宮詣の官女図、春輿五十三駄之内 府中、春輿五十三駄之内 白須賀、婦人と子僧図、山吹に桜図、西王母図、還城楽図、寿老人図、四性ノ内 平 青葉笛青山琵琶、馬尽 相馬焼、

    版本
    狂歌絵本ほか
    東遊、画本東都遊、五拾人一首 五十鈴川狂歌車、画本忠臣蔵、絵本 小倉百句(狂句本)、画本狂歌 山満多山

    読本
    古今奇譚 蜑捨草、新編水滸画伝、椿説弓張月、飛騨匠物語

    絵本 絵手本
    略画早指南、北斎漫画 初~十五編、踊独稽古、三体画譜、一筆画譜、冨嶽百景、北斎画苑、画本彩色通

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    図版の解説は永田生慈氏。
    太田記念美術館副館長兼学芸部長、葛飾北斎美術館館長。

    「北斎の生涯」と題して画法の研鑚の跡を追う。

    出自と幼年期、春朗時代、宗理様式の時代、文化年間前中期の活動、文化後半から文政年代、為一時代、最晩年期、北斎の死。

    初公開作品は「俳諧秀逸 つきの友」「しんはん石橋山合戦組上ヶ」の版画。

    仮名手本忠臣蔵は他の遺存が確認されていないシリーズ。

    4月20日から八代市で開かれた「北斎画が八代にやってくる」展と同企画です。

    出品目録を転載します

    1 瀬川菊之丞の正宗娘おれん      版画細判 1枚安永8年(1779)
    2 市川ゑび蔵のかけきよ         版画細判 1枚寛政4年(1792)
    3 岩井半四郎の月さよ           版画細判 1枚寛政6年(1794)
    4 熊と金太郎                 版画細判 1枚安永8年-寛政5年((1779-93)
    5 宝船の七福神               版画柱絵1枚安永8年-寛政5年((1779-93)
    6 仁和嘉狂言 三月 花すもふ      版画中判1枚安永8年-寛政5年((1779-93)
    7 東都方角 三匝堂之図          版画中判1枚安永8年-寛政5年((1779-93)
    8 俳諧秀逸 月の友             版画中判1枚安永8年-寛政5年((1779-93)
    9 風流五節句子供遊            版画間判1枚安永8年-寛政5年((1779-93)
    10 浮絵元祖東都歌舞伎大芝居之図   版画大判1枚天明7年(1787)頃
    11 よつや十二そう              版画間判1枚寛政末-享和年間(1794-1803)
    12 しんはん石橋山合戦組上ヶ       版画大判2枚文化年間(1804-17)初期
    13 新板浮絵忠臣蔵 第五段目       版画間判1枚文化年間(1804-17)初期

    14 仮名手本忠臣蔵 三段目 十一段目 版画小判2枚文化年間(1804-17)初期
    15 吉原遊郭の景               版画大判5枚続文化8年(1811)頃
    16 鳥羽絵集会 酒宴            版画中判1枚文化年間(1804-17)中期
    17 鳥羽絵集会 久米仙人         版画中判1枚文化年間(1804-17)中期
    18 風流おどけ百句 いくぢなし       版画小判1枚文化8年(1811)
    19 風流おどけ百句 はねつるべ      版画小判1枚文化8年(1811)
    20 風流おどけ百句 悪い酒             版画小判1枚文化8年(1811)
    21 風流おどけ百句 空をみる            版画小判1枚文化8年(1811)
    22 東海道名所一覧版画大々            版画1枚文政元年(1818)
    23 新板近江八景 粟津の晴嵐 矢橋の帰帆   版画中判2枚文化年間(1804-17)
    24 東海道五十三次 島田(初摺)          版画中判1枚文化年間(1804-17)中期
    25 東海道五十三次 島田              版画中判1枚文化年間(1804-17)中期
    26 東海道五十三次 袋井              版画中判1枚文化年間(1804-17)中期
    27 東海道五十三次 舞坂              版画中判1枚文化年間(1804-17)中期
    28 新板浮絵富賀岡八幡宮之図           版画大判1枚文化年間(1804-17)中期
    29 新板浮絵三芝居顔見世大入之図        版画大判1枚文化年間(1804-17)中期
    30 冨嶽三十六景 凱風快晴             版画大判1枚天保2年(1831)頃
    31 冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏          版画大判1枚天保2年(1831)頃
    32 冨嶽三十六景 山下白雨             版画大判1枚天保2年(1831)頃
    33 冨嶽三十六景 江戸日本橋           版画大判1枚天保2年(1831)頃
    34 冨嶽三十六景 江都駿河町三井見世略図  版画大判1枚天保2年(1831)頃
    35 冨嶽三十六景 五百らかん寺さざゐどう    版画大判1枚天保2年(1831)頃
    36 冨嶽三十六景 青山円座松           版画大判1枚天保2年(1831)頃
    37 冨嶽三十六景 下目黒              版画大判1枚天保2年(1831)頃
    38 冨嶽三十六景 武州千住             版画大判1枚天保2年(1831)頃
    39 冨嶽三十六景 東海道品川御殿山ノ不二   版画大判1枚天保2年(1831)頃
    40 冨嶽三十六景 従千住花街眺望ノ不二    版画大判1枚天保2年(1831)頃
    41 冨嶽三十六景 相州七里浜           版画大判1枚天保2年(1831)頃
    42 冨嶽三十六景 駿川片倉茶園ノ不二      版画大判1枚天保2年(1831)頃
    43 冨嶽三十六景 諸人登山             版画大判1枚天保2年(1831)頃
    44 冨嶽三十六景 駿州江尻             版画大判1枚天保2年(1831)頃
    45 冨嶽三十六景 東海道金谷ノ不二        版画大判1枚天保2年(1831)頃
    46 冨嶽三十六景 東海道吉田            版画大判1枚天保2年(1831)頃
    47 冨嶽三十六景 信州諏訪湖(校合摺)       版画大判1枚天保2年(1831)頃
    48 冨嶽三十六景 隅田川関屋の里(校合摺)    版画大判1枚天保2年(1831)頃
    49 冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷(校合摺)      版画大判1枚天保2年(1831)頃
    50 奥州塩竈松嶌之略図                版画大々判1枚天保2年(1831)頃
    51 諸国名橋奇覧 かうつけ佐野ふなはしの古づ  版画大判1枚天保2年(1831)頃
    52 諸国名橋奇覧 摂州阿治川口天保山      版画大判1枚天保2年(1831)頃         53 諸国名橋奇覧 すほうの国きんたいはし     版画大判1枚天保2年(1831)頃
    54 琉球八景 臨海湖声                 版画大判1枚天保3年(1832)頃
    55 琉球八景 長虹秋霽版画大判1枚天保3年(1832)頃                   56 芥子                          版画大判1枚天保年間(1830‐44)初期
    57 芙蓉に雀                       版画大判1枚天保年間(1830‐44)初期
    58 諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝        版画大判1枚天保2年(1831)頃
    59 波に千鳥                       版画中判1枚天保初年(1830)頃
    60 雀に虻                         版画中判1枚天保初年(1830)頃
    61 雪中筍堀り                      版画中判1枚天保初年(1830)頃
    62 千絵の海 甲州火振                版画中判1枚天保初年(1830)頃
    63 百物語 しうねん                  版画中判1枚天保2-3年(1831-32)頃
    64 百物語 お岩さん                  版画中判1枚天保2-3年(1831-32)頃
    65 百物語 こはだ小平二               版画中判1枚天保2-3年(1831-32)頃
    66 鎌倉の権五郎景政 鳥の海弥三郎保則     版画大判1枚天保初年(1830)頃
    67 鬼児嶋弥太郎 西法院赤坊主           版画大判1枚天保初年(1830)頃
    68 百人一首宇波かゑとき 藤原繁行朝臣     版画大判1枚弘化年間(1844-47)頃
    69 百人一首宇波がゑとき 僧正遍照        版画大判1枚弘化年間(1844-47)頃
    70 唐土名所之絵                    版画大々判1枚天保11年(1840)
    71 地方測量之図                    版画大々判1枚嘉永元年(1848)
    72 鍾馗図肉筆画                    絹本 1幅寛政5年(1793)頃
    73 分福茶釜図                     肉筆画紙本1幅寛政9年(1797)頃
    74 娘図肉筆画                     紙本1幅寛政9年(1797)頃
    75 柳に牛図                       肉筆画紙本1幅不明                                 76 小野小町図肉筆画                 紙本1幅安永8‐寛政5(1779-93)
    77 人を待つ美人図肉筆画              紙本 1幅享和年間(1801-03)
    78 大仏詣図肉筆画                  紙本1幅寛政11~享和年間(1799-03)
    79 行楽帰り図肉筆画                紙本1幅 寛政11~享和年間(1799-03) 80 中国武人図肉筆画                絹本 1幅文化年間(1804-17)
    81 釜に絵馬図肉筆画                絹本1幅文化年間(1804-17)
    82 猿図肉筆画                    紙本 1幅文化年間(1804-17)中頃
    83 竹に昼顔図肉筆画                紙本 1幅文化年間(1804-17)中頃
    84 二股大根と大黒図肉筆画            紙本 1幅文化年間(1804-17)中頃               85 鶏図肉筆画                   絹本 1幅文化末~文政年間(1812-29)
    86 雲龍図肉筆画                  紙本1幅天保12年(1841)
    87 文昌星図肉筆画                絹本 1幅天保5年-嘉永元年(1834-48)
    88 狐の嫁入図肉筆画               絹本1幅弘化元年(1844))
    89 月みる虎図肉筆画               紙本1幅弘化元年(1844)
    90 鼠と小槌図肉筆画               紙本1幅弘化3年(1846)
    91 双鶴図(大岡雲峰合筆) 肉筆画       紙本 1幅弘化3年(1846)
    92 赤壁の曹操図肉筆画              絹本 1幅弘化4年(1847)
    93 朱描鍾馗図画稿                 紙本1幅不明
    94 花魁図画稿                    紙本1幅文化末-文政年間(1812-29)
    【肉筆画・画稿】
    95 雑画画稿                     紙本1面文化年間(1804-17)
    96 不二の室画稿                  紙本1面天保5年(1834)頃
    97 飛鳥之桜題                    摺物横長判1枚寛政8年(1796)頃
    98 三囲田圃                      摺物横長判1枚寛政8年(1796)頃
    99 凧図                         摺物小判1枚寛政10年(1798)
    100 帰農図                       摺物横長判1枚寛政11年(1799)頃
    101 女刀鍛治図                    摺物小判1枚寛政12年(1800)
    102 春興五十三駄之内 藤枝            摺物横長判1枚享和4年(1804)
    103 春興五十三駄之内 府中            摺物小判1枚享和4年(1804)
    104 春興五十三駄之内 白須賀           摺物小判1枚享和4年(1804)
    105 宮詣の官女図                   摺物小判1枚寛政12年(1800)
    106 婦人と子僧図                   摺物間判1枚不明
    107 山吹に桜図                    摺物横長判1枚文化2年(1805)頃
    108 西王母図                      摺物間判1枚文化3年(1806)
    109 還城楽図                      摺物小判1枚文化5年(1808)頃
    110 寿老人図                      摺物大々判1枚文化13年(1816)                         111 四性ノ内 平 青葉笛青山琵琶         摺物色紙判1枚文政5年(1822)頃
    112 馬尽 相馬焼                    摺物色紙判1枚文政5年(1822)頃
    113 東遊(狂歌絵本)                  版本冊子1冊寛政11年(1799)
    114 画本 東都遊(狂歌絵本)             版本冊子3冊享和2年(1802)
    115 五拾人一首 五十鈴川狂歌車(狂歌絵本)   版本冊子1冊享和2年(1802)
    116 画本 忠臣蔵                    版本冊子1冊享和2年(1802)
    117 絵本 小倉百句(狂句本)             版本冊子1冊享和3年(1803)
    118 画本狂歌 山満多山(狂歌本)          版本冊子3冊享和4年(1804)
    119 古今奇譚 蜑捨草(読本)             版本冊子6冊享和3年(1803)
    120 新編水滸画伝 初編初帙(読本)         版本冊子6冊文化2年(1805)
    121 椿説弓張月 前編(読本)             版本冊子6冊文化4年(1807)
    122 飛騨匠物語(読本)                  版本冊子6冊文化6年(1809)
    123 略画早指南(絵手本)                版本冊子2冊文化9年(1812)
    124 北斎漫画(絵手本)           版本冊子15冊文化11年-明治11年(1814-78)
    125 三体画譜(絵手本)           版本冊子1冊文化13年(1816)
    126 踊独稽古(踊教本)           版本冊子1冊文化12年(1815)
    127 一筆画譜(絵手本)           版本冊子1冊文化6年(1809)
    128 北斎画苑 初編             版本冊子1冊天保14年(1843)
    129 富嶽百景(絵本)             版本冊子3冊天保5年(1834)より刊行
    130 画本彩色通               版本冊子2冊弘化5年(1848)

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